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夢の終わりを、見たくなかった。

 最近は少し家でひっそりしつつ、時間があればぶらぶらと近所を散歩し、それから気が向けば映画を観るといった反復運動の中で生きている。

 私はこれまで一度読んだ本、そして観た映画というのは基本的には見返さないという生き方をしてきた。それはなんとなくあらすじも結末もわかっている話を再度見直すというのは、時間が勿体ないという考えが頭の中にあったから。それがここ最近は、少しずつだけれど昔見て"記憶の中を掘り起こす"という活動をしている。

 そして今年最初に観直したのは、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の『ニュー・シネマ・パラダイス』という作品。昔確か英語字幕で観たので、あらすじはなんとなくわかるものの一つ一つの言葉をよく理解していない作品だった。今回改めて観賞してみて、以前見た時とはまた異なる感情が降って湧いてた。

 全体のあらすじは以下。一部ネタバレ含みますので、まだ観ていない方は飛ばしてください。

悪戯好きのトトは、映画技師のアルフレッドを慕っていた。ある時、機械の不具合で映画館が火事になり、それが原因でアルフレッドは失明してしまう。たまたま宝くじを当てたスパッカフィコの援助により、映画館はニュー・シネマ・パラダイスとして蘇り、トトが代わりに映画技師として働く。

青年になったトトは、ある時都会からやってきたエレナに恋をするも、すれ違いにより思いは結ばれず。軍で訓練を受け戻ってきたトトに対して、彼の将来の可能性を見出したアルフレッドは彼に対してローマに戻るよう諭すのだった。

 このトトという子が本当に悪知恵の働く子なのだが、不思議と憎めない感じの子なのだ。わたし自身はこの映画を劇場版という形で観たのだが、どうにも内容がモヤモヤする。気になって調べてみたら、劇場版とは別に完全版というものも存在するらしい。その内容を見て、あー実はこういうことだったのか、となんだか謎が解けた気分になった。

 でも今だによくわかっていない謎もある。それが、火事によって目が見えなくなったアルフレッドがトトにした話。

***

 美しい王女に、身分違いの兵士が恋に落ちるというエピソード。
 王女は兵士の深い想いに感動し、

 「100日間の間、昼も夜も私のバルコニーの下で待っていてくれたらあなたのものになります」と兵士に告げる。

 兵士はバルコニーの下で、王女との約束を守るために、椅子に座ってずっと耐える。雨の日も風の日も、雪が降っても、鳥が糞をしても蜂が刺しても兵士は動かなかった。

 90日が過ぎた頃には、兵士は干からびて真っ白になっていた。眼からは涙が滴り落ちる。ところが、涙を押さえる力も眠る気力すらなかった。その間、王女はずっと見守っていた。そして迎えた99日目の夜、兵士は立ちあがってそのまま戻ってこなかった。

***

 最後の日になぜ、兵士は戻ってこなかったのか。これにはさまざまな解釈があるかと思う。全てを観終えた後、私自身この兵士の行く末はどこにあるのかぼんやり考え込んでしまった。

◆ 結末のものがたり(1):最後の最後力尽きる

 兵士は99日間ずっと耐えてきたが、最後の日を迎えるにあたり今のみすぼらしい格好のまま対面するのでは「百年の恋も一瞬で冷めてしまう」と考る。

 家に戻って身なりを整えて戻ってこようと思うも、その途中で自分の中の緊張の糸が切れてしまう。兵士は、王女に迎えられる光景を頭に思い描いて、家への帰路の中で道端で倒れ、そのまま絶命してしまう。

◆結末のものがたり(2):日にちを間違えていた

 99日間、王女のことを思い続けて耐え忍ぶ毎日。自分がどうなろうとも最後には幸せな日々を迎えられることを信じて、ずっと待っていた。ところが、約束の100日目を迎えても、王女は迎えにきてくれない。

 兵士は長いこと待ち続ける中で、日がな1日1日と数えていたのだが、精魂尽き果てそうな中で計算していたために、何かのタイミングで1日だけ狂いが生じた。

 長いこと待ったのに王女が迎えにきてくれず、約束を反故にされたと思った兵士はその場を立ち去り、そのまま戻ることなく絶望に打ちひしがれてそのまま亡くなる。

◆結末のものがたり(3):本当に大切なものは何かを考える

 99日間、ずっと王女のいるバルコニーの下で待ち続けるうちに、これまでの彼の人生について考えるようになる。自分の人生にとって、本当に大切なものは何か。それは遠い故郷に残してきた家族かも知れないし、あるいは幼馴染の存在もあるかも知れない。

 そうしたときに、約束の日の100日目がきて王女と無事結ばれることになったとしても本当に自分はそれで幸せになれるのかと不安になり、最後姿を見せることなくその場を離れた。

◆結末のものがたり(4):夢の終わりを見たくなかった

 一日一日と約束の100日目が近づいてくる。そしてついには、彼女との約束が目前に迫った99日目となった。「ようやく、これで王女と一緒になることができるんだ。」兵士の気持ちとしては、早く明日が来ないかと今か今かとドキドキしている。

 ところがここで兵士は我に帰る。明日でようやく自分の望みが叶う。あれだけ待ち焦がれて止まなかった日が。一方で思ってしまうのだ。仮にこれで自分の望みが叶ったら、叶った次の日自分はどうなってしまうのだろうか。夢が叶ってしまったら、それまで自分を生きる上での原動力としていたものが失われて廃人になってしまうのではなかろうか。

 夢は、夢のままがいい。そんな風に悟った兵士は、ついに99日目の夜にそのままどこかに姿を消してしまった。

 私としては、最後のエンディングだったらいいな、と思う。この世の中には知らないほうが幸せだということもたくさんある。終わりが来ない物語の方が、そのまま自分の中に淡い思い出として残すことができる。

 完全版の『ニュー・シネマ・パラダイス』のエピソードを知ったとき、なるほどそういうことか、という気持ちと共に、何だかとてつもなく胸の中に穴がぽっかり空いてしまったような気がした。

 人は淡い想いを抱いたまま、次の日のことを待ち侘びてベッドに潜り込む。明日への気概を保ったまま。きっと明日は良い日が来るはずだ、結末は知らないからと思いながら今日の夜も静かに目を瞑る。



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