見出し画像

鮭おにぎりと海 #42

<前回のあらすじ>

「もう少し、このままの関係を続けていきたいの」

横浜のみなとみらいにある遊園地の中にある巨大な観覧車の中。気づけば夏の時と比べると、すっかり夜になるのが早くなった。私は、大学で出会った男の子と対峙して座っていた。

いつも学食で一緒に食べている男の子からラブレターをもらった1週間後のことである。ラブレターをくれた男の子は、戸田生粋という名前だった。私がこれまで出会った中でも、珍しい名前を持っているなと思った。

その日待ち合わせた場所は、みなとみらい駅。横浜から数駅電車に乗った場所。きっと戸田くんは半分期待、もう半分は不安を抱いて待ち合わせ場所にやってきたのだと思う。最初みなとみらい駅に到着した時、戸田くんの顔はやけに強張っていた。

「おはようございます。」

戸田くんはどこか覇気のない声で挨拶の言葉を言ってきた。それに対して私も務めて不自然にならないように、丁寧に挨拶を返した。

戸田くんには、目的地も何も伝えず、13時にみなとみらい駅へ来て欲しいことだけ伝えた。この日はどちらかというと、私がリードを取る形になった。

イギリス館で咲いているバラを見て、港の見える丘公園、山下公園、カップヌードルミュージアム、という順番で見て回った。途中歩き疲れたので、途中ヘミングウェイ横浜というカフェに立ち寄った。ついこの間まで『老人と海』を読んでいたこともあり、なんだか親近感が湧いた。

その間、私ももちろんしゃべるにはしゃべったが、普段あまり自分から喋ることのない戸田くんもどこかネジが切れたかのように割と口数多くしゃべっていた。戸田くんはつい数日前に誕生日を迎えたのだが、誕生日記念としてやったことといえば、カレーを作ることだったらしい。それもカレールーではなくレトルトパウチ。どうしてそんなことをしたのかと聞いたら、ただ辛いものを口に入れることで大人になった実感を得たかったそうだ。やっぱり戸田くんは、少し変わっている。

やっぱり戸田くんは普段から口数少ない割に、なぜだか一緒にいるとホッとするんだよな、と思ってしまう。

それでもやっぱり、戸田くんと付き合うことで二人の間にある関係性は少なからず変わってしまうのだろうという確信があった。思えば、戸田くんときちんと話すようになってから半年とちょっとくらいしか経っていないのだが、彼の存在は日に日に大きくなっていた。だからこそ、私はもう少し今の関係性を持続させたかったのだ。

そして最終的に私が戸田くんの告白に対する返事として返答したのは、もう少しこの関係性を持続させていきたい、というものだった。きっとどう答えても今の関係性は揺らいでしまうだろう。

案の定、私の答えた内容を聞いた戸田くんはみるからに憔悴した顔つきになっていた。戸田くんがそんなふうに落ち込むのもなんとなくわかっていた。この人は、これまでいろんなことをそうやって諦めてきたのだろうと思う。

「そっか、なんとなくそんな答えが来るような気がしてたよ」

彼はそう言って、少し寂しそうな顔をした。

「戸田くん。でもこれだけは一つ勘違いして欲しくないの。私は戸田くんとこれまで一緒にいて、本当に楽だなと思ってたの。私、以前サークルで付き合った人となんか嫌な別れ方して。だから、今回のことはかなり慎重に考えているの。」

少し私は一呼吸おいて、また喋り始めた。

「たぶん、戸田くんは今気分的にすごく落ち込んでいる。でも、私としてはできれば明日からも普通に接してほしい。それから、もう少しゆっくり時間かけてお互いを知っていければと思う。」

「それってどういう…?」

今度戸田くんの顔つきは、いかにも不可解と言った表情に変わった。本当にわかりやすい表情をする人だ。

「もう少しお互いを知っていきたいと思っているの。私には、もう少し必要なの。だから、戸田くん、」

言葉を区切って、少し拳に力を込める。

「これでさよならだなんて、絶対口にしないでね」

目に力を込めて、戸田くんの目を見た。思わずと言った感じでたじろいだ戸田くんは、私の勢いの押されたのか、こくんと頷いた。

その日の月は、あと少しで満月になるだろうということを感じさせる、半月だった。やけにその日の月は大きく見えたことがとても印象的だった。

けっきょくその日を境に戸田くんとそれっきりになることもなく、その後も彼とは学食でご飯を食べた。いつの間にか秋のどこか暖かさの残る季節は遠のき、気づけば1年で最も忙しいとされる師走の月になっていた。

この記事が参加している募集

末筆ながら、応援いただけますと嬉しいです。いただいたご支援に関しましては、新たな本や映画を見たり次の旅の準備に備えるために使いたいと思います。