鮭おにぎりと海 #36
<前回のストーリー>
一瞬、何が起きたのか理解ができなかった。目の前には見たこともない大男が立っている。
「起きろ。今すぐにだ。」
大男は有無を言わせない口調で、俺に命令した。起きたばかりで全く頭がついていかず、大男が言うがままに素直に従った。
「お前は一体誰の許可をとってここにいるんだ。ここの宿泊者か?もしそうなら、証拠を見せろ。」
俺は回転の鈍い頭で、パブリックスペースで寝ることになった経緯を話した。
「とりあえずマイクに聞けばわかる。彼が俺を泊めさせてくれるように図ってくれた張本人だ。」
「誰だそいつは。このホテルに、予約でいっぱいなのに無理やり金をとって泊まらせるような不届きな奴はおらん。」
何がなんだかわからないまま、俺は受付へと連れていかれる。そこで大男は俺に二つの選択を迫った。
「いいか、お前にできる選択は2つだけだ。たった2つ。このまま俺たちが警察を呼んでそのまま牢屋にぶちこまれて朝を迎えるか、それかこのまま大人しくホテルを去るかの2つに1つだ。」
取りあえず俺はこうした状況に追い込んだマイクと話をしたかった。そのことを話すと、大男は渋々といった感じで彼の名前を呼ぶ。
奥からどこかしな垂れた様子のマイクが出てきた。俺はこれはどういうことだ事情を説明しろよ、と英語で必死にマイクに向かって呼びかける。
「本当に申し訳ない。」
彼は涙ながらに俺に詫びてくる。詫びて済むなら警察はいらない。
「いや、待ておかしいだろう。俺はあんたが特別に泊めてくれるというから提案に乗ったんだ。おまけに、すでに金だって払っているだろう。」
「だから、それは本当のすまないと思っているよ。」
謝り通してその場を済ませようとするマイクに俺の腹の虫はとてもじゃないが治らなかった。その時は正常な判断もままならず、このまま外に出るくらいなら警察の牢屋にぶちこまれた方がマシだと思った。外を見ると、すでに吹雪いていた。
「なら、せめてお金だけでも返してくれないか。そして預けた荷物も返して欲しい」
「神木さん、それは無理なんだ。君はクレジットカードでこの宿代を払っている。そして俺自身も君を無断で泊めたことによってオーナーから大目玉くらっているんだ。わかってくれよ。」
そういってチラリと先ほどの大男の方を見る。
「ならせめて荷物だけでも・・・」
「それも残念ながら無理なんだ。預けられた荷物はセキュリティのために一定時間を超えると取り出せない仕掛けになっているんだ。」
俺はその時目の前が真っ暗になった。受付に預けた荷物の中には財布も携帯も入れっぱなしにしてしまった。なんて自分は阿呆なんだ。
このユースホステルのオーナーである大男が再度俺に対して乱暴な言葉をかける。
「さあ、話はこれで終わりだよ。これ以上ここに居座ると本気で警察を呼ぶからな。」
それでも俺は状況が飲み込めずその場に立ち尽くしていると、本当に大男はどこかに電話をかけ始めた。それから数分も経たぬうちにどこからかパトカーがやってきた。
あまりの状況に俺の頭は思考を止めた。現地の警察と思われる二人組の男が俺の周りを囲む。最終的に俺は、牢屋に入れられることではなく、見知らぬ土地をひたすら彷徨う道を選んだのだった。
外はまさに極寒という言葉が似合う気温だった。厚手のダウンを着ているにもかかわらずそんなものを着ていることがバカらしくなるくらい凍てつく寒さが俺の体を突き刺した。ついさっきまで建物の中にいて温かった体が、芯から冷え込んでいくのだ。もうどこかで寒さを凌ぐほかなかった。
ところが周りを見渡すと、他の場所では24時間営業となっているはずのマクドナルドは犯罪防止のためか12時を回るとクローズ。スターバックスもやっていない。周りにはホテルもあるが、払えるだけのお金も持ち合わせていない。
俺のポケットには、いつしかカナダで出会ったファビラというブラジル人に選別がわりにもらったウイスキーの小瓶だけが入っていた。お守りがわりにと、何故だか肌身離さず持っていたのだ。俺は寒さに耐えられず、その黄金色の液体を少し体の中に染み込ませた。じんわりと胸の奥が痺れるような熱さが湧いて出てきた。
その瞬間、何故だか震えが一瞬だけ、止まった。
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