#8. クリィムソーダの記憶(A面)
【短編小説】
このお話は、全部で9話ある中の最後の物語です。
◆前回の物語
追伸
結婚式の日は、4月にした。池澤には結婚する際の条件として2つ提示したのだが、そのうちの1つが結婚式の日取りだった。
4月は入学シーズンでなんとなく縁起がよさそうだったし、私が生まれた日も4月だったというのが理由で、ここは譲れないといって懇願したのだ。
結婚式当日までは本当に大変だった。お互い過密な仕事スケジュールの合間を縫って打ち合わせを行って、ヘトヘトになりながらもなんとか当日を迎えることができた。この日を迎えるまでに何度喧嘩したかわからない。正直途中で投げ出そうと思ってしまった日もある。それでも無事に当日を迎えることができて、心の底からホッとした。
結婚式当日の日は、親戚や映画サークル、中学生や高校生の時の同級生を合わせてだいたい30人くらいが集まってくれた。
式自体は、Kiroroの『未来へ』など結婚式定番の曲が流れ、特にこれといったハプニングもなく滞りなく進行した。そして最後、両親に向けて感謝の言葉を伝える番となった。その時にかかっていた曲は、ジョン・レノンの『イマジン』。
池澤はなんで『イマジン』なんだよ、と言って最初難色を示した。でも結婚の条件として提示したことによって、不承不承といった体で最後には了承してくれたのだった。
両親に、これまで生まれてからこの日を迎えるまで私を育ててくれてありがとう、という言葉をさまざまなエピソードを絡めて情感たっぷりに私は話をした。でも実は私自身は両親への感謝の気持ちではなくて、どちらかというと曲の方についつい集中してしまっていた。
ありったけの思いを綴った手紙を読み終わった後、思わず感情が胸の奥から迫り上がった。涙がボロボロと溢れて、あっという間に手紙は濡れてクチャクチャになってしまう。その様子を見た親戚や私の友人は、もらい泣きをしたのかハンカチを目元に当てている。
でも今この瞬間自分が涙を流している理由。
それは両親への感謝と、彼らから旅立って自立するという意味での嬉しさと悲しさだけではなく、それ以外の意味も含まれていることを私だけがはっきりと頭の中で理解していた。
追伸)
俺、地球の裏側に来てようやく「ただ、今を生きる」ということの意味がわかった気がする。咲良には、日本に帰ったらきちんと伝えたい言葉があるんだ。その時は、頼むから真面目に聞いてくれよ。
あ、それと今日はなんだか月が綺麗に見えるよ。きっと満月かな。
(了)
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