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鮭おにぎりと海 #38

<前回のストーリー>

本当にあのまま彷徨い続けたら、どこは骨の髄まで冷気に体の自由を奪われてしまうかと思うくらい、これまで経験したことにない寒さだった。

シカゴに降り立って1日目、俺は早速摩天楼の洗礼を受けた。当初泊まる予定だったホテルからなんの言われもなく追い出される羽目となり、そのまま吹雪く街の中をひたすら歩き回る羽目になった。このままもうダメだと思った矢先、施しを受けた。コンビニに勤める心優しき田舎青年・サミュエルに助けられたのである。

衝撃の1日から一夜明け、俺は結局一睡もせずにコンビニに居座り続けた。サミュエルの心優しい気遣いによりコンビニにいることはできたものの、そこは残念ながら眠れるほどに図太さは自分の中に持ち合わせていなかった。それでも、人工的な温かさに触れた瞬間俺はどうしようもなく心の底から安堵したのだった。

夜とは打って変わり、陽気な日差しに包まれたシカゴの街は、コンビニから出た俺を暖かく迎えてくれた。とはいえ、今の俺は財布も携帯も昨夜追い出されたユースホステルの中に置きっぱなしで、懐は寒い。このままだと、旅を続けられないので、仕方なく再度ひどい思いをした場所へ戻らざるを得なかった。

♣︎

宿へ到着すると、昨日俺を外に追い出した張本人であるマイクが受付に立っていた。幾分憔悴しきったような顔だった。俺の顔を見つけると、いかにもばつの悪そうな表情になった。

「昨日預けた荷物を受け取りに来た。」

マイクは何も言わず、受付の奥にある荷物預けの場所へと歩いていき、5分としないうちに俺の荷物をもってまた戻ってきた。

「昨日は本当にすまなかった。…お金の件も、本来は返すべきなのだが申し訳ない。」

昨日の仕打ちを思い出し、俺は憤懣やるかたない態度で持って乱暴に受け取り、その宿を後にした。何か砂利を口に含んだような、いやな気持が胸の中に膨らんだ。マイクはマイクなりに親切心で持って対応をしてくれたのかもしれない。あのあと、ユースホステルのオーナーと思われる大男にこっぴどく怒られたのかもしれない。それでも、俺は彼の胸中をおもんばかるほどの余裕は持ち合わせていなかった。俺は、そこまでできた人間ではない。

♣︎

さて、これからどうしたものか。

旅人のバイブルである『地球の歩き方』を開き、ほかによさそうな安宿がないか探す。すると、便の良いダウンタウンから少し離れてしまうが、郊外にもうひとつ小ぢんまりとしたユースホステルがあることを発見した。

そのままシカゴ市内を走るメトロに乗って、市内から離れた場所にあるユースホステルへと行ってみた。ダウンタウンから離れるしこれといって観光名所も何もない、おまけに駅からは少し歩く。不便なところだなと思いつつ、いざ目星をつけたユースホステルへ行ってみると、意外にも清潔感溢れる佇まいだった。

中に入ると、優しそうな雰囲気を醸し出した男性と女性の人たちが出てきた。見た目的には俺と同じくらいか、あるいは少し下といったところだろうか。こちらはやはりダウンタウンから少し離れた場所にある為宿泊客がそれほど多くないのか、それほど時間がかからずに自分のベッドを確保することができた。

スタッフの対応にしても昨夜泊まったユースホステルと比べると非常に丁寧だし、何よりもこぢんまりとしたアットホームな雰囲気が気に入った。予約時、シカゴ滞在の4泊分をまとめて支払った。

実を言うと、この市外のユースホステルに泊まろうと決めた理由はもう一つある。どうやらこの場所の近くに、アメリカ文学をモチーフにしたカフェがあるというのだ。名前は『Old Days Cafe』という名前だった。

早速歩いて『Old Days Cafe』を訪問した。訪れたのはお昼より少し前の時間だったが、その時間ですでに7割くらい店内は埋まっている感じだった。

♣︎

店内は大学生風の人たちが大方を占めていた。みなMacbookやら読書やらそれぞれ思い思いの時間を過ごしているようだった。

そして俺はそのカフェで、一人の女の子と出会う。彼女の名は、ベルといった。彼女の近くを通った時、柑橘系の香りがふわりと漂った。今思えば、不思議な出会いだったと思う。

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