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鮭おにぎりと海 #68

<前回のストーリー>

ずっとあこがれ続けていたフランス・パリでの日々は瞬く間に過ぎ去っていった。美術館では普段あまり使わない脳の能力を使うためか、一日の終わりにはくたくたになっていた。そうして数日が過ぎたのち、エッフェル塔を横目で見ながら、次なる目的地であるスイスへと向かう。

スイスではなんといってもチーズフォンデュが名物だった。

カナダに留学していたときに知り合ったマギーという女の子が、俺が近くまで来ている話をしたところ、それであればうちに立ち寄ればいいじゃないという話をしてくれたのでその言葉に甘えて会いに行った。

当日、マギーは彼氏と迎えに来た。路面電車に乗って、彼女が住んでいる場所まで一緒に向かった。マギーとはカナダにいる時、何度か仲の良かったブラジル人を介して何度か一緒にダウンタウンで遊ぶ関係だった。彼女はいつでも屈託なく笑うのが印象的だった。

彼女の住むアパートまでたどり着くと、マギーのシェアハウスメイトが出迎えてくれた。なんだか海外ドラマを見たかのようになんだか出来過ぎの光景だった。

マギーはシェアハウスを一緒にしている友人とともに、スイスの有名な場所を回ってくれた。彼女が住んでいる場所は、都心から少し離れたところにあった。だからと言ってアルプスの少女ハイジのような、大自然に囲まれた土地というわけでもない。一番印象に残っているのは、世界一長いのよと彼女が自慢するジュネーヴの噴水。それ以外はこれといって特筆すべきものはなかったのだが、なんだか居心地の良い場所だった。

♣︎

マギーは気を遣ってくれて、到着したその夜にスイスの名物であるチーズフォンデュをご馳走してくれた。白ワインがほんのり混じる、濃厚なチーズに角切りにされたパンを絡めて食べるのだ。体はどこかぽかぽかと温まるし、なんだかとても満たされた気持ちになった。

マギーと、彼女の彼氏、そしてマギーのシェアハウスメイト、全部で5人程度。どうやら彼女たちは昔からの幼馴染で、勝って知ったる仲ということらしい。彼女たちはそれだけにお互いの昔の恥ずかしい話も何もかも知っていて、その暖かな家族然とした空気が、居心地の良さを醸し出していたかも知れない。

酒の酔いも手伝ってか、マギーの生い立ちも初めて聞いた。彼女は、カナダにいた時から思っていたことだが、本当に頭の切れる女性だった。そして俺より年下なのに、みょうに成人した人が持つ特有の落ち着きも併せ持っていた。世の中を達観したような。

その頃から不思議に思っていたのだが、どうやらマギーは複雑な家庭で生まれ育ったらしい。マギーは非常に裕福な家庭に生まれ育ったようだが、今で3人目の母親らしい。父親は自由奔放な人物で、資産家であることもあってか、女性関係がなかなかに激しかった。おかげで、異母兄弟も5人くらいいるらしい。

その事実に対して、日本ではなかなかそういった状況にある人に出会ったことがなかったから、小さい頃辛くなかったのかと聞いた。どことなく間合いを見て躊躇しながら聞いた質問だったのだが、彼女はあっけらかんとした感じで笑った。そして、「逆に兄弟姉妹がたくさんいて、賑やかで良かったわよ。」、というのだった。

彼女の芯の強さというか、頭の回転の速さというか、どこか達観した雰囲気が一体どこから来るのかといつも不思議に思っていたのだが、それで一つ謎が解けた気がした。

チーズフォンデュと一緒に白ワインを飲んだおかげで、頭がクラクラした。その日は楽しい夜だった。クリスマスが近いからか、アパートのすぐそばでは小規模ながらも遊園地が広がっていた。外からは子供達の楽しそうな声、そしてゆっくり回る観覧車の様子がなんとも幻想的な夜だった。


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