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鮭おにぎりと海 #20

<前回のストーリー>

夏休み前最後の月曜日、わたしは学食にてひとりの男の子と対面していた。

いつもであれば、周囲から「神様」と崇め奉られている肩幅の広い大男もいるのだが、彼はどうやら夏休み前の最後の1週間は神奈川にある大学の校舎には用がないようだった。

わたしが通っている大学は、通常2年生までは神奈川にある校舎に通い、そして大学3年生になることで初めて「上京」を果たす。「神様」の場合、今4年生だと言っていたから、普通であれば神奈川の校舎に用はないはずなのだ。だけど彼の場合は色々普通ではない。そんなわけだから、どうせ2年生までに取らなければならない単位を取りこぼして、概ね週に2回ほど神奈川にある校舎まで通っていた、というのが真相だろう。

まあそんなことはさておいて。

改めてこれまでは「神様」という、異様に存在感ばかりが迸る変人がいたからこそ成り立っていた学食でのお昼ご飯も、改めて2人になると何を話せば良いのか分からなくなってしまう。でも不思議と、気まずさ自体は感じない。

たとえば、こんな具合だ。

「そう言えば戸田くんは、なんのアルバイトをしているの?」

「塾講師だよ。小学生相手に国語を教えているんだ。集団教室のような感じで教えているんだけど、やっぱり育ち盛りの子供たちはうるさくて大変なんだ。僕の場合、物静かな感じに見えるから余計なんだろうね。葛原さんは何をしているの?」

わたしは彼の顔を、軽く睨みつけた。

「あ、、そうだった、駅の近くにあるスーパーだよね。」

昔のことを思い出したのか、恥ずかしそうに戸田くんは俯いた。彼は少し、不注意な一言が時々出てきてしまうことが、たまにきずだ。彼とは、元々彼がわたしが働いていたスーパーで試食ばっかりしていて咎めたことで知り合ったのだった。

その頃と比べると、だいぶ砕けた口調になっていた。思えばきちんと知り合って話すようになってから2ヶ月もまだ経っていないくらいだから変な感じがする。

「ねえ、戸田くんは夏休み何かすることあるの?」

「え、、夏休み?いや、今のところは塾講師のアルバイトをたくさん入れるくらいしかないかな。毎日夏季講習ばっかりで、夏休みが本当にかきいれ時なんだよ。」

「そしたら海行こうよ、海。」

あっという間に、大学の中間試験も終わり、開放感そのままに夏休みに突入した。遠くでセミの鳴き声がシャワシャワと鳴いている。うだるような暑さで、自然と汗が身体中からふつふつと湧いてくる。思いのほか刺すような日差しなので、今日家を出てくるときには念入りに日焼け止めを塗ってきた。

わたしは自分の「南海(なみ)」という名前の中に海という漢字が入っているせいなのか、昔から海に行くことが好きだった。今日は夏休みに入ってから、2週間目の月曜日。

ちょうど夏休みに入って1週間ほど経って神様から、わたし宛に突然LINEで連絡が来た。これまたいかにも彼らしく、素っ気ないメッセージだった。

「本日より日本を発ちました✈ なまいきくんと仲良くやれよ。」

前にインドへ行ったときに近いうちにもっといろんな世界を見るんだと豪語していたのだが、どうやら人知れず日本から旅立ってしまったらしい。あの人は、ああ見えて案外他人との距離を測ることが苦手な人なのかもしれない。

そんなわけで、今日は戸田生粋といういつも学食で一緒にご飯を食べている男の子と、思いつきで江ノ島まで来ていた。夏休みということもあって、江ノ島界隈はたくさんの人で賑わっていた。そんなたくさんの人いきれの中でわたし達は人をかき分けてただただ歩いていた。暑い暑いと言いながら。

特に何か理由があったわけではない。単純にわたしが住んでいる場所から近い海が江ノ島だったのだ。戸田くんは、常日頃からあまり人と関わること自体があまり得意ではないのか、さっきからあまり積極的に言葉を発していない。そして、これもまるっきり見た目通りなのだが、江ノ島にたどり着いてすぐの場所にある弁財天仲見世通りにはあふれんばかりの人がたくさんいて、普段体を動かしていないと思われる戸田くんはすぐにへとへとになってしまったのだった。

近くで波の音と塩の匂いがした。頭上では、アホウドリの群れが連なって旋回している。その光景がなんとも平和な日常を体現しているようで、心のどこかでホッとしている自分がいた。


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