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ビロードの掟 第10夜

【中編小説】
このお話は、全部で43話ある中の十一番目の物語です。

◆前回の物語

第三章 もう一人の彼女(1)

 凛太郎は夜の海が広がる前で一人、ぽつりと海岸に立っていた。

 遠くに灯台が見える。そこまで一歩ずつ、慎重に砂を踏みしめながら進んでいく。灯台からは眩いばかりの光が出ていて、ぐるぐる回転し、周囲を明るく照らしている。

 なぜ灯台に向かっているのか、そもそも自らの意思で歩いているのかが自分でも皆目わからなかった。でもとりあえずその場所へ向かわなければならないという焦燥感のみが募っている。何かに呼ばれているような感覚。灯台を登った先に何かがある。

 一方でこれはおそらく夢の中なのだろうと、凛太郎は頭の中でぼんやりと理解をしていた。

*

 目を覚ました時、どこにいるのかわからなかった。据えた匂いが鼻につき、思わず条件反射的に体が動いた。

 グッと起きあがると、ギシギシとした痛みが全身を走る。あたりを見渡してみると、ゴミ袋に囲まれていた。匂いの正体がわかって凛太郎はげんなりとした気持ちになる。目の前には獲物を探るような目で見据える大きな黒い烏がいた。事情が飲み込めず、昨日起きた出来事を思い起こそうとする。

 ──確か昨日、池澤たちと一緒に飲んでいたはずだ。あれからどうしたんだっけな。

 頭の中にある記憶の断片をかき集めていく。じわじわと自分が何をしていたのかが浮かび上がってきた。しばらく友人たちと飲んでいると、途中で優里が合流した。彼女は昔の記憶のまま、妙に自分の心を揺さぶる人だった。その後、池澤が近々結婚すると驚くべき告白をする。そのまま話が盛り上がって夜営業している遊園地に行くことになった──。

 頭がズキズキと痛む。

 みんなで遊園地内にあるアトラクションに乗った。中空には見事な満月が浮かんでいる。優里の深紅色のワンピースがたなびいていた光景を思い出す。そしてその後彼女が「ミラーラビリンス」に行こうと言い出した。その直後の記憶が朧げである。

 そのままゴミ収集所の前でぼんやりしていると、ピコンとスマートフォンが鳴った。見ると、LINEの通知が山のように来ている。

 そのまま届いたメッセージを読もうとしたのだが、全身から漂う匂いが相当ひどい。慌てて地図アプリを使い、近くにある銭湯を探す。

 朝から営業している銭湯が一軒だけ見つかり、早速向かうことにする。途中、コンビニでシャツから何まで一式購入した。店員からはどこか訝しげな目で見られたが気にしないことにした。

 辿り着いた銭湯は、昔の面影を残す懐かしい雰囲気があった。番頭に立っているおばあちゃんはどこか眠そうである。服を脱いで、中へ入ると先客は一人だけだった。

 まずは体を洗った後、ゆっくりと湯船に浸かるとようやくひと心地ついた気がした。妙な視線を感じて横を見ると、先に来ていた男がじっと凛太郎のことを見ていた。男は「あんたも大変だねぇ」とでも言うかのようにうんうんと頷き、しばらくしてからザバッと湯船から出て行った。

 だいたい10分ほど湯船に浸かっていただろうか。上がった後は、コンビニで買った服をそのまま着る。それまできていた服はもう今後も着る気になれず。そのまま一式をゴミ箱に捨てようとする。

 ポケットからポトリと、何かが落ちた。見ると、遊園地の射的で残念賞としてもらった小さな白い招き猫の人形だった。あの夜の思い出としてそのまま捨てるには忍びなく、カバンの横についているポケットに入れた。

 柱には大きなのっぽの古時計が立てかけられていて、チクタクチクタクと規則正しい音を立てている。少しぼーっとしていると、足元に猫が一匹擦り寄ってくる。黒と白のふち模様が可愛らしかった。顔の下を軽く触ってやると、ゴロゴロと気持ちよさそうな声で鳴いた。

 さっぱりした気持ちで路上を歩く。どうやら自分がいる場所は新宿らしい。もともと自分がいた場所は新宿から二駅ほどのところだったのだが、何がどうなってここまで流れ着いたのだろうか。

 朝の都会の街はいつものギラギラとした夜の雰囲気が消えていて、閑散としていた。烏が自分たちの食糧を探してまるで自分の住処だと言わんばかりに闊歩している。スクランブル交差点を通る人たちの姿はまばらだった。

<第11夜へ続く>

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