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鮭おにぎりと海 #24

<これまでのストーリー>

今思うと、間違いなくそれは酔った勢いだった。酒の残滓が体の中に残っていて、自分の行動は酷く理性からは程遠いところにあったように思っている。一方で、機械じみたどこか懐古主義的なカメラは、しっくりと自分の手に馴染んだ。

そのままの勢いで、元々の所有者である父親に直談判し、そしてカメラをあくまで借りるという体のもとで借り受けたのである。お盆期間中に家に帰省した折は、父方の亡くなった祖父の墓参りをして、3日間ほどは手にしたカメラで自分の家の周りを撮影した。

思いつきで手にすることになったカメラだったが、改めて家の周囲を見渡して撮影できるものがないか探してみると、意外といつもとは違った光景が見えてきてそれがまた面白さに拍車をかけた。これまでこれといった趣味は僕の中になかったのだけれど、なんとなく撮影するという行為は今後も続けて行けそうな気がした。

カメラ自体は、父親が若い時に購入したものだったので、今のようなデジタル式ではなくフィルムを装填する方式だった。デジタル式はその場で写真を確認できるし、気に入らなければその場で削除もできる。一方でフィルム式は撮った時点では自分で確認することができない。撮ったら現像するまで削除もできない。不便な代物だったが、その不便さが逆に自分のこれまで生きてきた不器用さとなんだか重なっているような感じがしてどことなく親近感を感じてしまうのだった。

そして実家から帰省した折も、僕はことあるごとにカメラを持って撮影をした。これといって何か予定があるわけでもなかったので、塾講師のアルバイトをした帰り道とかその日外でご飯を食べたときとかとりあえずカメラを持って気になるものは片っ端から撮影して行った。

せっかくだからと思い、カメラの本を買って撮影の仕方の基本を勉強した。デジタルカメラの場合は驚くほど様々な機能がついているのだが、その点僕が持っているフィルムカメラの場合は至ってシンプルだった。

光を取り込む量を調節する絞りとシャッターを押してから撮影に至るまでのシャッタースピード、基本はこの2つだけを触ればよい。そして、かつて僕の父が手にしていたカメラは、たまたま露出計が内蔵されているタイプで、絞りとシャッタースピードの設定による写真全体の適切な明るさを確認できるカメラとなっていた。

初め入っていたフィルムは36枚撮りで、気になるものを片っ端から撮影していったらあっという間に撮りきってしまった。携帯でどうすれば写真にできるのかを調べてみると、どうやらカメラ専門店にお願いして写真を現像する必要があるらしい。ちょうど横浜近辺で探してみると、横浜駅内にあるジョイナスという駅ビルの中に「カメラはスズキ」という写真屋さんがあったのでさっそくお願いしてみることにした。現像して受け取るまでは、ちょうど1週間かかるとのことだった。

塾講師の夏期講習のアルバイトをしていたらあっという間に1週間が過ぎ去っていた。さっそく写真を受け取りに行った。現像代とプリント代合わせて¥2,000くらいでなかなか手痛い出費だった。中身を確認してみると前半は父親がかつて撮影したと思しき写真が入っていた。その中には、僕と妹が並んでピースをしている姿。多分、10年前くらいの写真だ。そんなものがいまさら出てくるなんて、なんだか不思議な感じがした。

後半は、僕が家の周りで撮影した写真。ほぼすべてぶれてしまっている。このときはまだ写真の撮り方もろくにわからない中でシャッターを押していたので、仕方ないといえば仕方ないかもしれないけれどなんだか悔しかった。

カメラ屋さんでは、当たり前ながらフィルムも扱っており、10本程度種類の異なる色鮮やかなパッケージが並んでいた。この時、店員さんに少し話を聞いたのだが現在フィルムカメラ自体生産しているところはほとんどなく、それに伴い昔に比べるとフィルムのラインナップは減り、そして価格自体も高騰してしまっているという。

僕は自分のお財布とにらめっこして、最終的にフジフイルムの「業務用100」というフィルムを購入した。ほかのフィルムパッケージと比べるとなんとも質素な見栄えだった。

さっそく横浜駅の外に出て、空を撮影してみる。ガシャン、という小気味良い音が耳の中に残った。空は、薄い雲が若干漂いながらも、薄い青が映えるきれいな空だった。

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