鮭おにぎりと海 #47

<前回のストーリー>

初めて訪れたニューヨークは、昼でも夜でも喧騒とぎらついたネオンの渦に囲まれていた。

以前女友達に勧められて、『ゴシップガール』というドラマを見ていた。ニューヨークを舞台にした、男女のどろどろとした人間模様を描いたドラマで、金持ちには金持ちなりの気苦労があるのだな、とぼんやり思った事を覚えている。結局気づけばファイナルシーズンまで見終わってしまった。

シカゴを出発してから、次に降り立ったのがニューヨーク。この街は、世界の中心と言われているだけあって、シカゴに負けず劣らず混沌としていた。それでも、どこかに秩序だった空気が流れていて、そして一晩中ハイで踊り続けることができるのではないかと思うくらい、エネルギーに溢れた街だった。

特に覚えているのが、M&Mというチョコレートのパッケージキャラクターを大きく象ったビル。チョコレートもそうだが、そのビル自体もとにかく派手で、これがアメリカンドリームか!と感嘆した。ちょっとズレた感覚かもしれないが。

アメリカにいる夢見る少女や少年が一発逆転を狙ってやってくるのがニューヨークなのだろう、と勝手なイメージを抱いていた。そのイメージは、ニューヨークに行った後も少しも覆ることはなかった。夢見ることは自由だ。でも、実際にその夢を叶えることができる人々はほんのひと握りだ。

♣︎

俺がニューヨークにたどり着いた時、寝床にしたのはニューヨークそのものではなく、少し離れた場所にあるマンハッタンだった。ニューヨークに住む人はそれこそセレブが多いのだが、ニューヨークで住むことを夢みながらも金銭的な側面から居を構えることが出来ない人たちが辿り着くのがマンハッタンである。

初めて電車に乗ってマンハッタンに降り立った時、なんとも言えないきな臭さを感じた。降り立った時が夜だったということもあるのだが、そこかしこに歪な匂いを嗅ぎ取ったのだ。これはなかなか言葉で表現することが出来ない。だいたいニューヨークにいる人たちは、煌びやかで派手好きか、どこか洗練された雰囲気を醸し出すかの2パターンに分かれるのだが、マンハッタンはそのどちらのパターンも当てはまらなかった。

道ゆく人は、皆どこか虚な目をしていた。そうか、これがもしかしたら夢みてニューヨークに来た人たちの、成れの果てなのかもしれないと半ば本気で思ってしまったくらいだった。大都会の光と闇を垣間見た気がした。

♣︎

今回は、前回シカゴで宿探しに苦慮した経験を踏まえて事前にネットで予約をした。マンハッタンにあるせいか、金額的にもかなり抑え目の価格帯だった。そのせいか、自然と宿泊者の雰囲気もどこか陰気な感じだ。

そこで出会ったのがトニーという男だった。

奴は、ヨーロッパからやってきたらしい。いつだってボサボサの髪で、どこかだらしがなかった。そして身長は、かなり高い部類に入るだろう。決してひょろひょろという感じでもなく、それなりに肉付きも良さそうだったが、どこか覇気のない感じだった。今思い出すと、彼は何か悪いものでもやっていたに違いない。

トニーとは、ユースホステルで出会った。同じ部屋の2段ベッドで、奴は上に寝て下に俺が寝るという感じだ。話のきっかけはなんだったか忘れてしまったが、何かを貸したことがきっかけで話すようになった気がする。

まあそんなことはどうでもいい。とにかくトニーと会うたび俺が思っていたことは、なんだか変な匂いが奴から漂っていたということだ。その匂いはなんだかわからない。ホームレスが放つ臭いとも、華やかな香水の匂いとも違う。大麻を吸っている人が放つ独特の匂いとも違う。

俺が今まで出会ったことのないタイプの男で、正直時々言動がおかしい部分もあったのだが、不思議と嫌な気分にはならなかった。そして、人に意外と気を遣える男だった。都会に出るとどうしても優しさとかそうした温かみのある感情に飢えがちになるので、そういった意味でも奴の発する気にだいぶ助けられたところもあるのかもしれない。

数日間、ニューヨークにいた。最終日、トニーは当たり前のように俺に連絡先を聞いてきた。Facebookでつながり、ニューヨークを去った後も奴の近況がフィードで流れてきて、なんとなく細い糸が繋がっているような気分になった。

数年後、たまたまFacebookを見たらトニーが亡くなった事を知った。原因はわからない。そういえば、なぜニューヨーク滞在中に自由の女神に登らなかったのだろう、と思い返してみた。結局今でも理由は思い出せないまま、当時の記憶は色褪せていく。

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