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鮭おにぎりと海 #44

<前回のストーリー>

なんと、妹が突然学校を辞めると言い出した。

妹は、僕の3つ下だった。今は高校2年で、まあ花盛りといった年頃で、ちょうど今青春の真っ只中にいるという歳ではなかろうか。これまで全く辞めるような素振りや傾向も見えなかった。まあ、それは妹が住んでいる場所と僕が住んでいる場所が物理的に離れていて、毎日会える環境でなかったから確かめる機会もあまりなかったからかもしれないが。

とりあえず妹が、なぜ学校を辞めたいと思うようになったのか、その理由を聞いてみることにした。LINEの返信で、「どういうこと?一体何があったのさ。」と書いて送る。すると妹からは、「ずっと前から考えていたことなの。」と返信が来た。

LINEでは一向に理由を聞けなさそうだったため、急遽12月の初めに実家に帰ることにした。僕の実家は群馬の山奥で、いくつか電車を乗り継がないと辿り着くことができない。神奈川からだと、数時間かかる。ちょっとしたプチ旅行である。

着るものもとりあえずバッグに全て雑に詰め込んで、週末電車に乗って実家へと帰る。妹から衝撃の告白があったその日のうちに、父親にも電話をかけてみたのだが「俺にも何が何だかよくわからなんだ。」となんだか狐につままれたような声色でボソボソと喋るのだった。埒が明かないので、「悪いんだけど、明日帰ることにしたから迎えに来てくれないか。」と用件だけ伝えて電話を切った。電話代は、意外と馬鹿にならないのだ。

指定された時間に、父親が迎えにやってきた。上下スウェットというなんだかラフな格好である。しばらく見ないうちにますます田舎臭さに磨きがかかってしまったな、とその姿を見てぼんやりと思った。

車で突き進み道は、ひたすら田んぼか住宅地ばかりである。昔から見慣れた風景。僕は自分が住んでいた場所が、高校生の時分くらいからとても疎ましい存在になっていた。周りには何もない。あるとしても、どこか寂れた個人商店があるばかり。

唯一田舎に住んでいてよかったと思ったのは、夜になると空一面に広がるたくさんの星々の光を見られることだけだった。母親と唯一と言っていいくらいの、大切な思い出。窓から流れる景色を見て、ひとりため息をついた。

家にたどり着くと、妹が居間で寝っ転がってポテトチップスをかじりながら雑誌を読んでいた。

「どうしたの、お兄ちゃん。突然帰ってきたりして。この間の夏休みに帰ってきたばかりじゃない。」

と、本人はいたって何事もなく平然とした態度で、そう話しかけてきたのだった。その姿を見た瞬間、なんだか肩の力が抜けてしまったのだ。これは一体どういうことだ。それがそのまま口に出た。

「この間のLINE、あれは一体どういうことだよ。」

「この間って?」

「学校を辞めるという話だよ。」

「ああ、そのことね。うん、そうなの。私今やめようと思っているのよ。」

「理由は?」

「ん?だってこのままだと、戸田家の財政は苦しくなっていくばかりだからさ。」

妹の言った言葉を、瞬時には理解することができなかった。トダケノザイセイガクルシイ。妹の言葉が頭の中をぐるぐる回る。

「親父、これはどういうこと?」

「いや、、、どういうことだろう。麻李よ、うちは財政難ではないぞ。」

腕を組んで、やや困った顔を父親がした。

「んー、財政難ではないと思うけれど、裕福でもないでしょ、うちは。だから、今のうちに働いてしっかりお金貯めないと。」

妹はいつの間にか居住まいを正して、僕と父と正対した。彼女の目は曇りひとつない、迷いのない光を放っていた。そういえば、妹は昔から一度決めたら頑として他の人の意見を聞かないのだった。彼女のこの芯の強さは、誰譲りなのだろう。少なくとも、父親と僕にはそうした意志の強さは全くない。

「でも、高校辞めてどうするんだよ。」

「とりあえず、今のうちにいろんな経験をしたいと思っている。バイトでも契約社員でもなんでもいいから、いろんなことを吸収してお金を稼いで、自分のスキルを磨いていきたいの。」

妹は少しだけ、息を吐いてそのまま続けた。

「このまま何も考えず、高校に行って、そのまま大学に行って、社会人になって。気づいたら自分の中に何も無くなってしまうことが嫌なの。それに、うちはもう2人も大学に行かせるようなお金の余裕、ないでしょ。そしたら今のうちに働き始めた方が、お得じゃない。」

僕は思わず、といった体で、父親を見る。父親もどうしたものか途方に暮れた顔で僕の顔を見てくるのだった。いい歳した男二人が、言葉の接ぎ穂を見つけられず呆然とする姿はさぞかし滑稽だったに違いない。

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