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鮭おにぎりと海 #50

<前回のストーリー>

やけに建物の白さが印象的だった。

モロッコのタンジェという港町から1時間程度フェリーに揺られると、見えてくるのはヨーロッパのスペインだった。モロッコは明らかに発展途上国のような装いがあって、物価は安く街並みもどこか気心知れた感じがあったのだが、スペインに降り立ってみるとどこか先進国としての気概を備えた風景が広がっていた。

フェリーから降りると自分が今きた海が、数時間前と変わりなく広がっていた。それでも、なぜか先ほどまで自分が見ていた海とは違うように見えてしまうのである。とりあえず近くのレンタカー屋で車をピックアップしたあと、早速車へと乗り込んで運転をする。

♣︎

スペインで俺がひとつ見たいと思っていたのが、アンダルシア地方の街並みだ。エーゲ海を近くに臨むことができ、その青さとは対照的に広がる白。それぞれの街は、各所それぞれ数時間程度運転する羽目になったが、不思議と疲れは感じなかった。冬の季節はどうやらオフシーズンなのか、人の姿はまばらだった。そのおかげでゆったりと観光することができた。

アンダルシア地方で一番有名なのは、ミハス。そのほか、カサレス、フリヒリアナ、ロンダ。そして変わったところで面白かったのは、岩壁をそのまま抉り出して街を作ったセテニル・デ・ラス・ボデガスという街だった。どの場所でも、パッと映えるような白い壁が印象的だった。

また、モロッコとは雰囲気も全く異なる別世界だった。モロッコの方が俺の気質によくなじんだのだが、アンダルシア地方はどこもかしこもまるでおとぎ話の世界に紛れ込んだかのように何もかもが完璧だった。会う人会う人皆おおらかで、そして余裕ある振る舞いや装いをしていた。

♣︎

数日経った頃から、微妙な違和感を感じ始めた。

モロッコでは感じたことのなかった精神的な疲労を感じるようになったのである。これはもちろん長時間車を運転し続けたせいもあるだろうが、決してそれだけではない気がする。

モロッコで感じることのなかった疲れを、なぜスペインに来て感じるようになったのか。色々と考えた末、俺はひとつの結論に達した。あまりにも町が完璧すぎるのである。どこへ行っても画一的な白が広がるばかりで、確かにそれは見栄えが良いのだが、元来ちょっとくらいひねくれた感じの方が好きな俺にとっては、その完璧さに対して次第に息苦しさを感じるようになってしまっていたのだ。

それでも、ドライブ途中の道でいくつもの美しい景色は俺の荒んだ心を癒してくれた。特にスペインは、夕日が美しかった。何もない荒野でも柔らかな日差しはそれだけで安心感を与えたし、山の裾野で重々しく回っている風車に当たる夕日はなんだかとても神々しかった。

1週間程度巡った後で、若干嫌気がさして、レンタカーは途中で乗り捨てた。そのまま、ユーレイルという高速列車に飛び乗った。向かった先はマドリードである。

♣︎

降り立った瞬間、アンダルシア地方との空気の違いを思い知った。どちらかというと俺の中では、スペインはフラメンコや闘牛のイメージが強かった。マドリードはまさしくそのイメージに沿う場所だった。

アンダルシア地方が"静"であるならば、マドリードは"動"である。もちろん道行く人々は相変わらず陽気な印象そのものだったのだが、その実街の人たちからは見えない情熱を感じた。話をしていても、不思議と瞳に何か力強いものが宿っていたことが見てとれた。

マドリードの街中でも、ユースホステルに泊まった。俺が宿泊する部屋から聞こえてきたのは、何語かはわからないがさまざまな人たちの話し声だった。聴き慣れない音楽がかかり、皆楽しそうに談笑している。その時点で、俺は非日常の世界へと足を踏み入れたのだった。

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