近い先にありそうな、私の未来

 最近、なんだか寒い。震えそうになるくらい、恐ろしく寒い。先週はポカポカ陽気で、目を瞑れば一瞬で眠れそうなくらい暖かったはずなのに。

 私はもともと薄着で動き回るタイプなので、完全に今日は暦を間違えてしまった感じになってしまった。図書館で1日本をただひたすら読んで過ごそうと思っていたのに、なぜか図書館も冷房が入っているのではないかと思うくらいべらぼうに寒すぎて、結局閉館時間から2時間早く家に帰ることを決断した。

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 近頃、簿記の勉強をしている。会社から受験してくださいねというお達しが来て、よちよちシャープペンシル片手にノートに向かう。最初はめいいっぱいのやる気を振り絞ってノートに立ち向かうのだが、ものの1時間ほどで強烈な眠さに襲われる。これがいわゆる春眠暁を覚えず、というやつですかね。

 ところが今日は、図書館がやたら寒かったおかげでやけに頭が冴えわたる日であった。よく喫茶店では嫌な客に対して、熱々のコーヒーを出すというがもしかしてそのパターンだろうか。おかげで眠気に襲われることなく、いつもより30分長く簿記を勉強した。本もこれまた珍しく、2冊読破。全く良いのか悪いのか、わからない感じである。

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 読み終わった2冊のうちの1冊が、宮部みゆきさんの『さよならの儀式』。

 宮部みゆきさん自体は、昔母親が読んでいたこともあって、折あるごとに読んでいるような気がする。私の印象で言うと、幅広いジャンルの本を書かれている作家さんだ。直近でいうと、『ソロモンの偽証』という、同級生の突然の死をきっかけとしてそのクラスメイトたちが自ら「学校内裁判」という形でその真相に迫ろうとする内容となっている。

 今回読んだ『さよならの儀式』では、8編の毛色が異なる短編小説が収められている。それぞれの話に規則性はなく、強いていうのであれば現実にはありえないSFという軸で展開されているという点にある。それぞれのストーリーに対しては、個人的には好きなものとハマらなかったものの両方あった。

 結論だけいうと、どこか現実離れしている設定の中でも、人としての感情が問われる物語構成のものに対して強く心惹かれた。

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 最初の物語である『母の法律』では、話の根幹として親なき子供達が子供に恵まれなかった夫妻の元にあたかも最初から自分たちの子供として育てられることにある。大人たちが「親になることに失敗したとき」のためのセーフティ・ネットなるものが設けられている世界。

 村田沙耶香さんの『消滅世界』に始まり、川上未映子さんの『夏物語』でも取り上げられていた、親と子供の関係について。似たようなテーマを最近読んだばかりで、改めて考えさせられた。きっと親子関係って、人間世界におけるめぐりめく壮大なテーマのひとつであるような気がする。

 3編目の『わたしとワタシ』は、主人公がひょんなことから30年前の過去の自分に遭遇する話だ。青春を謳歌していたかつての「ワタシ」に、戸惑いを隠すことができない今のわたし。

 かつて自分自身が高校生だった頃、30年後の自分がどうなるかなんて全く予想ができなかった。それだけ遠い未来のことだと思っていたのだ。それが気づけば、あっという間にそれから月日が流れ、かつての自分が思い描くことができなかった未来の自分の年齢に到達しようとしている。

 未来の自分がどんな風になっているのか思い描けなかったが、漠然と今よりも満ち足りた生活を送っているに違いないと淡い期待を抱いていた。果たして昔の自分が今の自分をみたらどんな感想を述べるのだろう。想像していた感じと違ったわ、と言われたらショックだけれど。でも私は私なりに、過去の自分に恥じない生き方をしていると思っているよ。

それらの不満や悩みは、いつも血を流している傷口だった。
時は優しい。だから、今のわたしも優しい。自分自身にも周囲に対しても。(p.135)

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 4編目に収められている、表題作と同じタイトルの『さよならの儀式』。時は近未来、作業ロボットが世の中に普及している。通常、作業ロボットには感情がないとされている。

 児童施設に寄付された、「ハーマン」という名のロボットは長年の働きを経て、老朽化のために施設の人たちの手によって廃品工場に送られる。思い出の詰まった「ハーマン」に対して、女の子はどうしても再び会いたいと願い、廃品工場を訪れる。

 人は誰だって一人では生きていけない。一方では、誰かに必要とされたいという思いを抱えて生きている。『さよならの儀式』では、突出した山場みたいなものはないが、不思議と登場人物たちの心の揺れうごきとシンクロしているような気持ちになる。

ハーマンのロボット人生はいい人生だったと言ってやることだって、できたかもしれない。
長いこと大事にされて、幸せだったと。そうやって、いい人になることだってできたかもしれない。(p.178)

 他にもどこかミステリー要素含んだ内容だったり奇怪じみたオカルトっぽい話も含まれていたりするので、一度手に取って自分好みの物語を見つけてみるのも一興かもしれない。

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