鮭おにぎりと海 #28

<前回のストーリー>

長い休みは高校の時なんかと比べたら長い長いと思ってぼーっとしていたら、あっという間に過ぎ去ってしまう。結局人間は目の前に差し出されたら、それなりに順応して時間を過ごすということだ。だから、きっと人はある程度制限された時間の中で過ごした方がきっと有意義な時間を過ごせる気がする。

わたしは、スーパーと銭湯を掛け持ちしてバイトしていたらなんだかんだ予定が埋まっていた。どちらも割と力仕事なので、終わったら結構体力が削られていてヘトヘトになってしまっている。

そんな中、夏休みも残りあと2週間、といったタイミングで戸田くんという男の子を誘った。夏休みに入る前にひょんなことから一緒に学食を食べていた男の子。なんとなく気まぐれで彼の小さい頃の夢はなんだと聞いたら宇宙飛行士だ、という答えが帰ってきたので、前々から行きたいと思っていたお台場にある日本科学未来館に誘った。

本来きっとこういろいろ誘う行為って、男の子から聞いてくるもんなんだけどな。彼がわたしに好意があるかどうかはともかく。彼はきっと、最近テレビで流行っている草食男子というタイプに属するんだろうな。何だかちょっぴりめんどくさい生き物だ。

まあでも、日本科学未来館にいけることになったからよしとしよう。待ち合わせ時間は、13時。せっかく日本科学未来館に行くわけだし、ちょっと関係のありそうな星形のピアスをつけていくことにした。

元々宇宙とか、そういうものに興味があったわけではない。昔からとにかく本の虫だったので、小学校の時や中学校の頃は時間があれば図書館に行って面白そうな本をかたっぱしから読んだ。その中に、確か宇宙の神秘にまつわる本もあったような気がする。宇宙の始まりというところから始まり、宇宙のチリだとか、隕石だとか、宇宙をぐるぐる回る衛星だとか、まあそういったウンチクについて書かれていた。

わたしはどちらかというと、そうした現実的な話ではなくて、どちらかというとギリシャ神話とか、星座にまつわる昔の人が無理やり考え出した物語の方が興味津々だった。

とはいえ、多分ギリシャ神話と星の形は無理やり考え出されたものだと思っている。夜空を見上げた時に、例えば一番わかりやすいオリオン座とかカシオペア座とか、全くもって人の形に見えた試しがない。それにしても、ポセイドンという海の神様は本当に心が狭いとしか思えない。

そして、わたしの家の周りは住宅街と深夜営業のお店が多いせいで、まともに綺麗な星をみた試しがない。いつか真っ暗闇の中で星を見ることができたらいいのに。

待ち合わせ場所に行ってみると、戸田くんが既にやってきていた。時間をきっちり守るところは、わたし自身ルーズな方なのでえらいな、と思う。

彼の姿を見かけると、彼が一瞬きょとんとした顔をした。おそらく彼とわたしが再開するきっかけとなった星形のピアスを見てそんな顔になったのだろう。特に意図したわけではないが、ちょっとクスリと笑ってしまった。

「戸田くん、早いね。何時ごろ着いたの?」

「あ、いや僕も葛原さんがたどり着くちょうど5分前くらい。初めてくる場所だったから、万が一電車に乗り間違えたらと思って」

といって耳の裏あたりをコリコリとかく。その仕草が何だかおかしかった。

駅から日本科学未来館まではだいたい10分ごろ。まあ元々戸田くんはあまり自分のことを話すタイプではなかったので、わたしがずっと喋り通した。

そしていざ目的地である日本科学未来館にたどり着くと、なんと戸田くんが入場券代を出してくれた。誘ったのはわたしだから、と一度は突っぱねたのだが、いや実を言うと僕もすごく今日のことを楽しみにしていたんだ、と言う。それで少し押し問答していたのだが、戸田くんがなかなかおれそうになかったので結局わたしが折れる形となった。

日本科学未来館に入ると、戸田くんはそれまで以上に喋らなくなった。わたしが話をしても、うんとかすんとかどこか心あらずといった感じだった。宇宙飛行士になりたかったことは案外結構本気の夢だったのかもしれない。

日本科学未来館の中は、宇宙の始まりはもちろんのこと、かつて飛ばされたロケットの模型だとか興味を惹かれるものが数多く飾られていた。戸田くんはその一つ一つを、目を輝かせてみているのが印象的だった。行き当たりばったりだったけれど、誘ってよかったなと思った。

最後プラネタリウムを見た。かつて大学1年生の時に付き合っていた先輩と一緒に行った先輩は居心地の良い深く座れる椅子だとかいって、最後はいびきたてて眠っていたっけ。実はわたしはその時ちょっとイラッとしたのだけど、戸田くんは他の展示を見ていた時と同じように、しっかりと上を見上げて星の動きを見ていた。

何だかその横顔が、すごく眩しいな、と思った。

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