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鮭おにぎりと海 #15

<前回のストーリー>

その女の子のことは、どこかで見かけたことがあるような気がしていた。

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4年生に進学すると、元々いた友人たちは急に就職活動のために大学に来ることが極端に少なくなった。それまで食堂でご飯を食べる際に、一緒に食べる人に事欠いたことはなかったのに、急に一緒に行ってくれる人がいなくなって正直なところ難儀していた。俺は一人で食べることがとてつもなく嫌な人間だったのである。

そして、そんな場面に突如救世主として現れたのが「なまいき君」という青年である。出会った当初彼は大学2年生だったのだが、すでに一緒に食べてくれる友人がいなようだった。聞けば、どちらかというと一人でコンビニのご飯を食べる時間が多いのだという。そんなことではいけないと、彼を無理やり学食に連れて行ってご飯を食べるということが日課となった。それは俺自身が一人で学食を避けるための行動でもあった。

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ちなみに「なまいき君」は、学食では必ずカレーを食べるのだという。理由を聞いてみると、安くてとにかくボリュームが多いものだから夜まで何も食べなくても平穏に生きていけるのだそうだ。全く、変人とは彼のことを言うのだろう。

そんな訳で、俺と「なまいき君」は向かい合わせでご飯を食べることになった。俺も昨年インドへ行って以来、カレーをよく食べるようになっていたので「なまいき君」と同じ行列に並び、カレー大盛りを注文する。そしてスプーンを取る時に、辛味をプラスできる唐辛子をカレーに大量投入するやいなや、「なまいき君」に何やら怪訝な顔をされてしまった。

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席についてとりあえず食べようとすると、何やら「なまいき君」が後ろを振り向いているではないか。

その視線に連られて彼が振り向いた先を見てみる。すると、華奢な女の子が立っているではないか。ものすごく可愛いという訳ではないのだが、不思議と凛とした華やかさを醸し出したいた。

「なまいき君」と彼女はお互い若干気まずそうにそのまま見つめあっていた。お節介焼きの俺は、とりあえず彼女を席に呼ぶべく手招きしてみることにした。どこかで彼女のことを見かけたような気もしたのだが、記憶力は決して良い方ではないのでとりあえずそのことは忘れることにした。

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彼女が若干気まずそうに席に座る。俺はとりあえず何かを話さなければいけないと思って、話を切り出してみると、にわかにではあるが3人の間に流れる微妙な空気も弛緩していくようだった。

そのうち、ポツポツとお互いのことを喋っていくたびに、なんとなくその場は打ち解けたような空気感になるのだった。ちなみに、気まずそうに座った女の子の名前は「葛城南海」と言うらしい。

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南の海で、「なみ」と呼ぶのか。若干そこら辺の名前の由来が気になったので聞いてみると、彼女の両親が新婚旅行で行った沖縄の海があまりにも綺麗だったので、その名前をつけたらしい。話の流れ的に、その話題はあまり振ってはいけないような気がしていたのでとりあえずスルーしておいた。

ちなみに彼女は、俺と同じ英米文学専攻で過去同じ教室で見かけたこともあるらしい。それで彼女の姿を見たようなデジャヴに襲われたのかと、納得した。

まあ初の組み合わせとしてはまあまあうまく行った方ではなかろうか。なんだか知らんが、大学生マジックとも呼ぶべき存在がこの世には存在していると個人的には思っている。ひょんなことにより、なぜだか言葉を交わすようになってしまうような関係。その時なんとなく俺は、この3人の関係は今後も続いていくような淡い予感が生じていたのである。

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実際、その後も3人の奇妙な関係は続いていくことになる。

示し合わせた訳でもないのに、俺と「なまいき君」は学食で自然と一緒に食べるようになり、たまに沖縄由来の名前の女の子がその輪に加わるようになった。その関係性について、周りはきっとほとんどの人が気に留めていなかったに違いない。でもいつしか俺にとったらその3人の集まる時間は、不思議と居心地の良い時間に変わっていったのである。

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