鮭おにぎりと海 #12
<前回のストーリー>
大学2年の春、アルバイトではあるけれども塾講師として本格的なデビューを果たした。小学生向けの講義で、教科は国語である。
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大学1年目の冬、僕は気づかぬうちに疲労を溜めていて、それが突然爆発して倒れることになる。
それまでは精神的にも肉体的にも割とギリギリの生活をしていたのだという感覚があまりなかった。その頃は懐が寒いことを自覚していたため、なんとかしてお金を節約する方法がないかと真剣に考えた。そしてある日行き着いた先がスーパーの試食コーナーだった。
もちろん一定の罪悪感があるにはあったのだが、いつか必ず買いにきます。すいません。と、自分の中でスーパーの人たちに対して謝罪をし、生鮮食場の所々に設置してあった試食を食べて回った。
そうした試みを始めてから初日において、なんとスーパーの店員さんに見咎められる結果になった。今思うと顔から火が出るほど恥ずかしくなる。その子は、ぱっと見だと年格好が大体僕と同じくらいだった。
もちろん注意されたことも恥ずかしかったし、そのときに注意した女の子が僕がちょっと好みのタイプだったということも恥辱の感情に拍車をかけた。
僕は思わずといった体でその場を走って逃げた。その日はあまりの恥ずかしさと空腹で気持ち悪くなり、なんとか現実逃避をするため羽毛布団にくるまり、そのまま眠った。
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それから2週間ほど経った頃、次の授業へ移動する際中に倒れ、そのまま保険センターに運ばれることになった。そのときに保険センターに運んでくれた2人のうち1人が同じ学部のササヤマくんという青年である。彼から後日、塾講師のアルバイトを紹介される。
彼から提示された塾講師のアルバイトの給料はその当時の僕からすると破格の金額で合った。そのため二つ返事で了承し、早速塾講師になる上での試験を受けた。後日、ササヤマくんから紹介した経緯には、実は紹介すると紹介料がもらえることもあったそうだが、そんなことはどうでもよかった。兎にも角にも僕は彼の行為に救われたのだった。
試験当日、どの科目で受けるか迷ったのだが、「算数」「社会」「理科」「国語」と教科の科目が並ぶ中で、比較的試験の敷居が低いと思われた「国語」を選ぶことにした。そこに特に理由はない。試験は小学生向けの問題にしてはやけに難しかった。
これはちょっとやばそうだなと思ったのだが、そのあと割とすんなりと「試験をパスしました。おめでとうございます」と半ば事務的な連絡が、携帯電話に届いた。そして晴れて、試験を受けてから2ヶ月後の大学1年目の3月、僕は講師見習いとしてデビューを果たしたのだ。
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講師見習いの頃は当初¥1,000ほどの時給だったのだが、それから2週間ほど研修を受けると晴れて正式に講師としてデビューを果たした。
するとササヤマくんが言っていた通り、派遣として働いている頃から比べると、2倍の時給をもらえるようになった。それにより、これまでの僕の生活は一変し、ある程度余裕を持って大学生活を送れるようになったのだった。
大学に入ってから2回目の春、神様こと神木蔵之介という何やら存在感だけ異様にある先輩となんだかんだ絡むようになる。その後、気がつけば春の終わりにあるゴールデンウィークがやってきた。日本語に訳すと、「金色の1週間」。この週は1日中塾講師のアルバイトを入れることができる。午前と午後でひっきりなしに切れ間なくコマに入っていたら1日で1万円を軽く超える収入を得ることができた。
この仕事によって得た見返りは間違いなく大きかった。その割にどちらかというと頭を使う仕事なので、1日が終わった後はクタクタになりながらも充足感に満たされた。そんな風にして気づけばあっという間に「金色の1週間」はまるで風のように過ぎ去っていったのだった。
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その1週間後のことだった。次の授業に向かう途中に起こった出来事だった。前の授業が押していたために、いつもよりも休み時間が少なかった。僕は足早に、次の授業が始まる予定のクラスまで歩いていた。すると、途中で少し戸惑ったように耳たぶを触っている女の子がいた。ふと、彼女に目を向けるとおもわず固まった。彼女は僕に気づいた瞬間、開口一番こういったのだ。
「あ、試食の人。」
僕はいつぞやの続きでまたもや顔から火が出そうだった。彼女こそは、僕が食に飢えていた時に出会ったスーパーの女の子だったのだ。
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