見出し画像

ジャノメ食堂へようこそ!第4話 雲を喰む(10)

 アケは、湯気上がる雲呑ワンタンスープを入れた椀をテーブルの上に置く。
 男の月のような黄金の双眸が置かれた椀をじっと見る。
「これが・・その料理か?」
「はいっ」
 アケは、頷き、小さく笑みを浮かべる。
 ぬりかべスプリガンを見送った翌日の朝、男はやってきた。
 アケは、驚かなかった。
 何故か男がやってくる。そう思っていたから。
 そして男がやってきたら出そうと料理を準備していたから。
 出来立ての料理を。
 アケは、男の前に木の匙を置く。
「どうぞ召し上がってください」
 男は、何も言わずに椀を見て、匙を手に持つとスープの中に入れ、雲呑ワンタンを一つ掬う。
 その一つ一つの動作がとんでもなく気品があり、優雅でアケは思わず見惚れてしまう。
 男は、雲呑ワンタンを吸うように口に運ぶ。
 表情は、変わらない。
 ただ、黄金の双眸だけが微かに揺れ動く。
「・・美味い」
 男は、雲呑ワンタンをもう一つ口に運んだ。
 アケは、ほっと胸を撫で下ろす。
 そして忘れていたことを一つ思い出す。
「あの・・・ありがとうございました」
 アケは、頭を下げる。
 男は、食べる手を止め、訝しげにアケを見る。
 アケは、恥ずかしそうに蛇の目の横を触る。
「お陰で助かりました」
 男は、ようやく意味を理解し、黄金の双眸を細める。
「昨日の料理の対価だ。気にすることはない」
 そう言って男は再び食べ始める、
 そんなこと言われても・・アケは頬を赤く染めて額を撫でる。
「・・それで・・」
 男は、匙をスープに入れたまま目を向ける。
「夢は・・作れそうか?」
 アケは、蛇の目を大きく開く。

 夢は作れそうか?

 何故だろう?
 男と黒狼の姿が一瞬重なって見えた。
 黄金の双眸以外はまるで違うのに・・。
 アケは、蛇の目を床に向け、そして上げる。
「まだ・・・分かりません」
 アケの返答に男は黄金の双眸をきつく細める。
「でも・・」
 アケは、着物の帯にぶら下げた小さな巾着に触れる。
 そこにはぬりかべスプリガンがお礼にと残していった蛍石となった彼の二つの目が入っている。彼の気持ちだからとウグイスが持たせたのだ。
「私の作るご飯で皆さんが喜んでくれるなら、少しでも夢を叶えることが出来るなら・・ひょっとしたら見えてくるかもしれません」

 最高の飯だったぜ。

 ぬりかべスプリガンの最後の言葉がアケの耳の中に残っている。
 もし、自分の料理で一人でもその心を、夢を掬い上げることが出来るなから・・。
(それが私の夢かもしれない)
 アケは、きゅっと巾着を握り、口元に笑みを浮かべた。
 男は、そんなアケの様子をじっと見る。
 そして雲呑スープを一気に駆け込むと「ごちそうさま」と手を合わせる。
「お粗末様でした」
 アケは、綺麗に頭を下げる。
 男は、ゆっくりと立ち上がり、開かれた窓に向かう。
「あの・・・」
 アケは、男の背中に声をかける。
 自分でも声を上げたことに驚く。
 男は、振り返る。
「なんだ?」
 黄金の双眸がアケを見据える。
 アケは、恥ずかしくなって頬を赤くし、蛇の目を反らしながも小さく口を開く。
「また・・・来てくれますか?」
 アケの言葉に男は驚いて黄金の双眸を開く。
 その目がゆっくりと細まっていく。
「ああっ」
 男の口元に小さな笑みが浮かぶ。
「また来る」
 アケの心に小さな熱が灯る。
 男は、窓の外に出てゆっくりと草原を歩いていく。
「またのお越しをお待ちしております」
 アケは、男の背中が見えなくなるまでずっと見続けた。

#長編小説
#ファンタジー小説
#食堂
#料理
#男
#恋

この記事が参加している募集

私の作品紹介

忘れられない恋物語

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?