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平坂のカフェ 第4部 冬は雪(21)

病院を退院してからの私は自宅と個展会場を行ったり来たりしていた。
 両親は、私を1人で行かせるのが心配だからと送り迎えすると言い張ったが丁重に断った。
 個展会場に着くとアパレル会社の担当者たちがこぞって頭を下げにくる.相当、友人に言われたのだろうがもう気にしてないからとこちらも丁重に断る。
 個展は快調だった。
 平日でも多くの人が訪れて私の絵を見て、満足そうに頷いてTシャツを買ってくれていた。
 何人かは私に気づいてサインを強請られ、慣れない手つきでサインを書いた。
 それを見ていた友人が「お手製サイン作らないとね」と冷やかしてくる。
 町を歩くと私の絵をプリントされたTシャツを着た人に何人かすれ違った。
 気恥ずかしい反面、とても嬉しかった。
 彼は、忙しいのか、連絡がなかった。
 私から掛けようかとも思ったが勇気が出なかった。
 そんな事を思いながらの個展からの帰り道、私は友人と話し込んでしまい、気がついたら夜の12時を回るところだ。
 両親からは心配の連絡が何度も入る。
 私は、急いで帰路を早歩きし、コンビニの前を通ろうとすると、数人の人影が見えた。
 通行人から死角になるような濃い影の中で隠れるように15歳くらいの少年たちが腕を振るい上げ、足を地面に向かって叩きつける。
 いや、足が叩きつけたのは地面ではない。地面に蹲るうずくまる何かだ。
 私は、左目を細めて凝視する。
 それは人だった。
 人が地面に倒され、暴行を受けているのだ。
 それを認識した途端、私の身体は震え上がる。
 幼い頃の記憶が刃となって私の心を切りつけ、抉る。

 逃げなきゃ・・逃げなきゃ・・・。

 私は、踵を返そうとする。
 逃げて、電話して、警察を呼べばいい。
 しかし、私は動けなかった。
 少年たちに殴られ、蹴られている人の姿が幼い私と重なる。
 現在いまの私があるのは何故?
 私の事を救ってくれて、支えてくれる人がいて、見守ってくれる人達がいるからではないか?

 私の脳裏に彼の顔が浮かぶ。

 朗らかで優しい彼の顔が。

 気がついたら私は持っていたバッグを振り回して少年たちを向かっていっていた。
 スマホを耳に当て、「今、警察呼んでるから待ってなさい!」と叫ぶと一目散に消えていった。
 倒れていたのは少年たちと同じ年くらいのとても太った男の子だった。
 正直、目の前にしていても印象が薄く、顔も覚えづらい。
「大丈夫?」
 私が声を掛けると男の子は心底驚いた顔をした。
 よっぽど怖かったのか身体をカタカタ震わせ、頬が梅色に上気している。
「ありがとう・・・ございます」
 男の子は、ゆっくりと立ち上がり、頭を下げて礼を言ってくる。
 良かった。怪我はしてるけど特に異常は無さそうだ。
 少年は、じっと私を見てくる。
 私は、首を傾げる。
 やはり怖かったのか?
「どうしたの?」
 私が声を掛けると自分が私を見続けていることにようやく気づいたのか慌てて謝ってくる。
「ごめんなさい!」
 男の子は、それだけ言って去っていった。
 私は、男の子の背を見送る。
 私は、ホッとすると同時に身体が震えだす。
 今になって恐怖が蘇ってくる。

 でも・・・。

 救えた。

 こんな私が恐怖に立ち向かい、微力でも立ち向かうことが出来た。
 私は震える自分の手を胸に押し付ける。
「私・・・出来たよ」
 頭に浮かんだ彼に小さな声でそう報告した。

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