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エガオが笑う時 第4話 無敵(7)

 翌日、私は、スーちゃんと一緒にマナの孤児院へと向かった。とっいっても食材調達の時とは違い、スーちゃんの背に跨るのではなく、スーちゃんの背にホールケーキの入った白い大きな箱を乗せ、私は彼女の隣を歩くと言う形だ。
 そうでないと運べないくらいケーキが大きいからだ。
 幅だけでもすーちゃんの腰を埋め尽くすくらいあり、高さも普通のケーキの倍のような気がする。
 本当に予算内なのかな?
 カゲロウは、お店の準備があるので一緒に来ることが出来なかった。
 開店前に勉強を教えてくれていたマダムが「一緒に付いて行く?」と訊かれたが丁重に断った。
 流石にお店で働き出して結構時間も経ってるのに 配達の1つも出来ないなんて申し訳無さすぎるし、これ以上マダムに迷惑かける掛けるのも気が引ける。
 それに今日はどうしても1人で行ってマナに会いたかった。
 そしてマナと話したかった。
 両親の件を話す訳ではない。
 いや、最初はその話しをしてマナに謝るつもりでいたがカゲロウに止められた。
 一昨日、マナがチャコから逃げたことを考えてもきっとマナに取って過去は思い出したくもないとても辛い出来事なのかもしれない。それなのに私から両親の話しをされても傷を抉るだけだ、と。
 確かにその通りだと思った。
 じゃあ、どうすればいいのか?と悩む私にカゲロウは「普通に話せばいいんじゃないか?」と助言アドバイスしてくれた。
 好きな食べ物の話しでも、昨日の出来事でも、弟達のことでも何でも、薄かった関係を埋めて余るくらいに話してみろと言われた。
 正直、話すのは苦手だ。
 それでも私はマナと話したかった。
 マナのことをもっと知りたかった。
 気が付いたらマナの教えてくれた住所の近くにまで来ていた。
 教会と言うからてっきり王都の中心付近にあるのかと思っていたがこの辺りはもう郊外と呼んでもいいかもしれない。商店は極端に減り、古い木造の家と森を開拓してそのままに残った木々、そしてそれらの中心に佇むように建てられた古い教会・・・。
 私は、その教会を見て眉を顰める。
 王都の中心付近にある教会は皆、石造りで豪奢ではないが静謐な雰囲気が漂っていたのに、この教会は木造のトタン屋根で造りこそ二階建てで大きく、庭も広いが教会と言うよりは振るい宿屋のような造りでかつて私が暮らしていたメドレーの宿舎を思い出せた。
 そして1番驚いたのはこの場所からではメドレーの宿舎からもかなり遠い、少なくても子どもの足で歩くには負担の多過ぎる距離をマナが1人で毎日歩いてきていたのだと言う事実に私はショックを受けた。
 こんなことすら私は知らなかった・・知ろうとしなかった。
 私は、胸に走る痛みを抑え、スーちゃんを連れて柵を越えて教会の敷地内に入る、と庭で遊んでいる子ども達が気が付いて走り寄ってきた。
「お姉ちゃん誰?」
「何しにきたの?」
 まだ10歳にも満たないであろう栗色の髪をお下げにした女の子と牛の獣人と思われる小さな角を生やした男の子が好奇心旺盛に声を掛けてきた。
「この馬、足が6本ある!」
「すごーい!」
「かっこいい!」
 数人の子ども達がスーちゃんを見て興奮する。
 この子達がマナの言う弟達だろう。
 皆、良い子そうだ。
 私は、2人に目線を合わせようと腰を屈める。
「マナ・・・マナお姉ちゃんはいるかな?」
 私の質問に2人は、首を同じように傾げてお互いの顔を見合う。
「マナお姉ちゃんってマーちゃんのこと?」
「そうだよね。マが付くお名前ってマーちゃんしかいないもの」
 マナは、どうやらここではマーちゃんと呼ばれているらしい。
「お姉ちゃん。マーちゃんのお友達?」
「なにかご用?」
 2人は、顔を私の方に向けて訊いてくる。
「マナ・・マーちゃんに頼まれたものを持って来たんだけどいるかな?」
 私の質問に2人は再び同じように首を傾げる。
「分かんない」
「マーちゃんいつも遅くまで出掛けてるからどこにいるのか分からない」
 遅くまで出掛けてる?
 確かにキッチン馬車に顔を出すことはあるはずだが門限を守っていつも夕方前には帰っていたはずだ。
 それともここでは夕方前でも遅いと表現するのだろうか?
 私と子ども達が話していると教会の扉が開いて修道服を着た若いシスターが姿を現した。
 どうやら子ども達が騒がしいと思って様子を見に出てきたようだ。
 シスターを見ると子ども達は笑顔を浮かべて駆け寄っていく。
 シスターは、駆け寄ってきた2人を守るように両腕を回し、震える目で私を見る。
「騎士様が何のご用でしょうか?」
 恐る恐る尋ねてくる。
 騎士様?
 私は、一瞬疑問を抱いてから、直ぐに納得する。
 彼女は、エプロンの下に着た板金鎧プレートメイルをみて私を騎士崩れと勘違いしているのだ。しかも背中に大鉈なんて背負っていたら怪しいことこの上ない。
 キッチン馬車では定着してしまいあまり騒がれないので気にもしてなかったがやはりこの格好は異様なのだろう。
「私は、怪しい者ではありません。こちらにお住まいのマナさんにご注文をいただいた物を届けに上がりました」
 私は、ヘソの辺りで両手を組んで務めて丁寧に伝える。
 マナの名前が出たからかシスターの目から警戒の色が消える。
「マーちゃんの注文?」
「はいっこの教会に住むお子さんがお誕生日ということでケーキを注文いただきました」
 そう言って私は、スーちゃん上に乗った白い箱を指差す。
 シスターは、目を大きく開く。
 この反応は純粋に驚いた反応だ。
「マナさんから聞いてませんか?」
 私の問いにシスターは頷く。
「はいっまったく・・・あの子いつの間に・・」
「弟さん達のお祝いをしたいからとメドレーで働いて貯めたお金で買いにこられました」
「メドレー?」
 シスターは、驚きの声を上げ、そして食い切るような私を見る。
 私は、訳が分からず顔を顰める。
「ひょっとして・・・エガオさんですか?」
 思いもよらぬ名前を呼ばれて今度は私が驚く。
「そう・・ですが・・」
 肯定するとシスターの表情と目が輝き出す。
「貴方がエガオさんなんですね!」
 シスターの声が急に明るくなり、私は面食らう。と、言うよりも私に警戒してたから抑えていただけで本来のテンションはこっちなのかもしれない。
 いい人そうだ、と私は安心する。
 マナのお世話をする人が嫌な人物だったらどうしようとない内心ビクビクしていたのだ。
「マーちゃんからいつもお話は伺ってます!」
「話し・・・ですか?」
 私が言うとシスターは、嬉しそうに頷く。
「お仕事先でとても素敵な人の従者になったって。物語の英雄のように強くて、女神のように優しくて、妖精のように綺麗で・・まさにあの子の言う通りですね」
 マナ・・、私をどんな風に説明してるの?
 私は、頬から火を吹きそうで、どこか暗い隅に逃げたい衝動に駆られる。
「マーちゃん、貴方の事を本当のお姉さんのように慕ってたんです」
「お姉さん・・」
 知らなかった・・マナがそんな風に思ってくれてきたなんて・・・。
 何も言わずにメドレーを離れてしまった罪悪感が再び去来する。
「だから貴方がお辞めになったと聞いてマーちゃんも凄いショックを受けて同じように辞めた時は驚きました」
 えっ?
 私は、熱した火かき棒を押し付けられたように顔を上げる。
「辞めた?メドレーを?」
「はいっ知りませんでしたか?」
 シスターも驚いたように口にする。
「貴方がいない所で働く意味なんてないって。場所も遠かったので安心はしたんですが・・」
 じゃあ、あのお金は?あのお金はどうやって・・?
 3日前に過ぎった不安が再び胸に訪れる。
「あの・・マナは、今どこに・・」
 私は、恐る恐る尋ねる。
「新しいお仕事に出掛けてますよ」
 新しい仕事?
 私は、心臓が不安に高鳴る。
「なんかお給料もいいとかで、この前も子ども達にお菓子を買ってきてくれたり・・でも・・」
 シスターは、スーちゃんの上に乗ったケーキを見る。
「あんな大きなケーキ買うなんて。一言言ってくれればいいのに・・・」
 シスターは、相談がなかったことに少し腹を立ててるようだ。
 違う・・・。仕事なんかじゃない・・・。
 マナが普通に働いたくらいであんな大金手に入らない。
 もっと何か別のもの・・上手く言えないが何か良くないことが起きている。漠然とそう感じた私はマナの新しい職場というのがどこにあるのかを聞こうと口を開きかけた、その時だ。
「お邪魔致します」
 突然、数名の男達が教会の敷地内に入ってくる。
 シスターの表情が驚愕に歪む。
 警察と・・板金鎧プレートメイルを着た男達が。
 その内の1人に私は見覚えがあった。
「隊長?」
 その男、数日前にグリフィン卿と一緒に私を訪ねてきて、そしてとある事件で絡み合った因縁のあるメドレーの上官だ。
「何故、貴方がここに?」
 上官は、明らかに不快そうに私を見る。
「配達です」
 私は、自分でも冷たいと感じる口調で返す。
「貴方たちこそ何をしに?」
 メドレーに警察、只事ではないのは明らかだ。
「貴方に用はありませんよ」
 上官は、鼻で笑って私から目を背け、後ろにいるシスターを見る。
「マナという子はいますか?」
 その言葉に私の背筋は凍りつく。
 シスターは、見てわかるくらいに怯えており、目と身体を震わせながら「仕事に出ています」私に言ったようにと答える。
「仕事とはどちらに?」
 上官が冷徹に訊く。
 シスターは、首を横に振る。
「分かりません。新しいお仕事としか・・」
「ふむっ」
 上官は、顎に手を置いて小さく唸る。
「マナに何か用なの?」
 私が訊くと上官は不快そうに眉を顰め、警察は仲間と目配せをする。そして再び目線を私に合わせて口を開く。
「彼女は、とある事件の重要参考人です」
「事件?」
 私は、心臓が鳴り響くのを抑えながら冷静に言葉を返す。
「ええっ。黒い獣事件の」

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