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エガオが笑う時

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2023年9月の記事一覧

エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(7)

エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(7)

 あの男は、やはり騎士崩れであったらしく捕まえにきた警察達が「また騎士崩れの犯行か・・」と頭を痛めて男を連行していった。私の蹴りを喰らって顔が潰れた男は声にならない恨むごとのようなものを呟きながら手錠を嵌められて連れて行かれた。
 マダムは、私に散々「女の子とは!」についての小言を言い続け、四人組は「私達もあんな下着買おうか?」となどと言いながら帰っていった。
 そしてカゲロウは、キッチン馬車で忙

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エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(6)

エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(6)

 首筋がちりっと焼けつく。
 私は、後ろに振り返ると少し離れたところに痩せこけた男が立ってこちらを見ていた。
 見た目は三十過ぎに見えるが痩せこけてそう見れるだけで二十代くらいなのかもしれない。頬はこけ、目は窪んでいるのに服の隙間から見える筋肉はとても発達しており、通りすがりと言うに可笑しなところしかない。
 男は、私のと目が合うとにっこりと微笑んで近寄ってくる。
 マナの目にも怯えが走り、マダム

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エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(5)

エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(5)

私は、マナの座っている赤い傘をさした円卓に向かう。
 マナは、カチコチという表現に相応しい肩を縮こませて固まっていた。
 私は、彼女の前に冷えたオレンジジュースを置く。
 マナは、驚いて顔を上げる。
「あの・・・・えっと・・」
「店長からのサービスよ」
 彼女が頼んでませんという前に私が被せるように言うとマナはさらに恐縮したように身体を固める。
「大丈夫よ。ぶっきらぼうに見えるけどいい人だから」

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エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(4)

エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(4)

「わあー!」
 青い傘のさした円卓に座った学生4人組が私を見た瞬間に感嘆の声を上げる。
 私は、恥ずかしさのあまり銀のトレイを持ったまま固まり、顔を背けてしまう。
 私が羞恥に襲われる原因、それは蜂蜜を洗い落とし、白いエプロンを括り付けた鎧の下に着た薄桃色の鎧下垂れのせいであった。
 お風呂上がり、待ち構えていたマダムによってばっちりと化粧され、髪をこれでもかと結い上げられた私の前に「プレゼントよ

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エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(3)

エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(3)

 生きた心地がしない。
 戦場以外でそんな事を思うなんて想像もしなかった。
 私とスーちゃん、そしてカゲロウは、横に一列に並ばされ、直立不動に立っていた。
 私は、肩を落とし、お腹の辺りで手を組み、顔を俯かせていたたまれない気持ちで、スーちゃんは、気まずそうに顔を背け、カゲロウは、鳥の巣のような髪のせいで目元は見えないが無精髭の生えた口元は引き攣っていた。
「で・・・っ」
 黄色い傘をさした円卓に

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エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(2)

エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(2)

 日差しの中での朝食を終え、私とスーちゃんは森の奥に進むと空気を叩きつけるような騒がしい音が響いてきた。
 これは・・・羽音。
 スーちゃんは、歩みを遅くする。
 音が近づくに連れて見えてきたのは大きな木が並ぶ森の中でも一際大きな、プラムの木であった。
 美味しそうで赤々としたプラム、見てるだけで口の中に甘酸っぱい味が広がる。
 しかし、目的の食材はそれではない。
 プラムの木の中央にそれはぶら下

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エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(1)

エガオが笑う時 第2話 感謝とお礼(1)

 風に煽られてせっかく結い上げた髪が解ける。
 きつく縛られていた金色の髪は解放されたことを喜ぶように風に乗って舞う。
 ごわついて固かった髪もマダムに薦められたシャンプーで洗うようになってから細胞ごと取り替えたかのように質感が変わった為、緑の匂いを含んだ冷たい風に逆らうことなく揺らめきながら舞い上がり、空に登ったばかりの朝焼けに当てられて煌めいている。
 私の髪の色ってこんな色をしてたんだと自分

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エガオが笑う時 第10話

エガオが笑う時 第10話

 騎士と黒ずくめを警察と救急に突き出してから私達は、キッチン馬車に戻るとマダムが薬箱を持ってこちらに走ってくる。
「エガオちゃん!大丈夫?」
 マダムは、必死な顔で私に言う。
 ああっ本当に心配してくれてるんだ。
「私は、大丈夫です。ありがとうございます」
 私は、深々と頭を下げる。
 しかし、彼女は私のお辞儀を見ていない。
 見ているのは鎧から剥き出しになっている私の顔と手だ。
「エガオちゃん座

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エガオが笑う時 第9話

エガオが笑う時 第9話

 公園の中の空気が変わっている。
 先程までフレンチトーストのように気持ちよく柔らかかかったのに触れたら裂けるように痛くなる。
 これは・・・戦場の空気だ!
 私は、自分の目が鋭く、身体の奥の筋肉に激しく血が流れ出すのを感じる。
「いやああああ!」
 悲鳴を上げているのは制服を着た眼鏡を掛けた女の子だった。
 彼女だけではない。
 その友人達も、老夫婦も、母子も恐怖に震え、悲鳴を上げている。
 そ

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エガオが笑う時 第8話

エガオが笑う時 第8話

「じゃあねエガオちゃん!」
「また、来るからいてね!」
「今度、またお話ししましょうにゃ」
「遊ぼうね!」
 大きく手を振りながら彼女達は帰っていく。
 私は、会釈して彼女達を送る。
 何だったんだ一体?
 戦場で四方囲まれて絶対絶命の方がまだマシだった気がする。
「鎧のお姉ちゃんバイバイ」
 女の子が小さな手を大きく振っている。その隣で母親が小さく会釈する。
 私も会釈を返す。
「鎧ちゃんまた来

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エガオが笑う時 第7話

エガオが笑う時 第7話

「きぁぁぁぁっ!可愛いわよ!エガオちゃん!」
 マダムの黄色い声が公園中に響き渡る。
 いつ間にか晴れた空の下、私は顔を真っ赤にして俯いていた。
 あの後、私はマダムに引っ張られるように公衆浴場に連れて行かれた。奇しくもそこで人生初めてのお金を払い、お湯を浴びて、身体を洗った。
 メドレーの浴場とは雲泥の差の広くて綺麗な浴場に身体が溶けてしまうかと思った。
 マダムにはゆっくり入ってねと言われたが

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エガオが笑う時  第6話

エガオが笑う時 第6話

「カゲロウくーん!」
 明るい声が聞こえる。
 私は、食べ終えたさらにフォークとナイフを並べ、少し温くなった紅茶を飲みながら声の方を見る。
 黄色のレインコートを来た黒色の大きな犬を連れた薄黄色のシャツに青いズボンを履いた五十代前半くらいの女性が手に傘を差してこちらにこちらに近寄ってくる。
 肩まであるカールした金と白の混じり合った髪がとても綺麗だし、清楚で気品のある顔立ちだ。
「いらっしゃいマダ

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エガオが笑う時 第5話

エガオが笑う時 第5話

 彼に連れられて私は公園の奥に行く。が、そこには店なんてなかった。
 あるのは雨に濡れた背の高い植林された木々、黒く染まった整頓された石畳、中央に備えられた雨を投げ飛ばすかのように抱き合った男女の間から大量の水を溢れさせる大きな噴水、そしてその隣に並ぶ長方形の箱のような大きな白い馬車であった。
 馬車は、雨に揺れながらもその美しい白色を汚すことなく、優雅にその場面に収まっていた。
 彼は、私に傘を

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エガオが笑う時 第4話

エガオが笑う時 第4話

 黒い雲が空を覆う。
 タオルを絞るように雨が降り注ぎ、汚れた私の肌と髪を濡らす。
 メドレーの宿舎を出てから一週間が過ぎようとしていた。
 私は、当然行く当てもなく、気がついたら王都の路地裏に入り込んで黴臭い壁に背中を寄せて地面に座り込んでいた。
 路地裏を選んだのは特に意味はない。
 強いて言うなら昼夜問わず暗闇に包まれているのが私の好きだった夜の戦場の空気に似ているからだ。
 汚れた私を隠す

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