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ジェンダーと人種の微妙な関係―映画「エニシング・イズ・ポッシブル」レビュー ※ネタバレ注意

こんにちは。烏丸百九です。

ツイッターでは、自称文筆家のオッサンが「俺はトランスジェンダーを差別するゥゥッ」と高らかに宣言するなど、相も変わらぬトランスパーソンへの差別扇動とヘイトスピーチが続けられていますが、旧統一教会のような極右勢力の反LGBTQ活動に怒っている人は世界中にいて、皆それぞれのやり方で差別と闘い続けています。

映画「エニシング・イズ・ポッシブル」(原題:Anything's Possible)もそんな試みのひとつで、LGBTQ活動家でゲイの俳優・音楽家として著名なビリー・ポーター氏の初監督長編映画であり、Amazonプライムに入会すれば無料で視聴することができます。

主演女優は当然、自身もトランスジェンダー当事者のエヴァ・レインさん。芸術系のスクールに通う女子高生役の彼女が、シス男性の少年と恋に落ちることで、学校や周辺社会に巻き起こるドラマとトラブルを描いています。
とりあえず日本でトランスパーソンの人権に興味のある人は全員必見として、以下ではネタバレをしつつ、具体的な作品の中身についてレビューしていきます。

1.「ジェンダー・トラブル」を起こすのはいつもマジョリティ側

主人公・ケルサは物語開始当初から後に彼氏となるカールといわゆる「両片思い」の関係にあるのですが、お互いになかなか気持ちを打ち明けられずにいました。そんな中、ケルサの親友・エムもカールに恋していることが判明。見えない三角関係に陥りますが、よりによってカールがエムの眼前でケルサに告白してしまい、学校中が大騒ぎに……という導入。
恋愛映画としては実にベタベタというか、いっそ開き直った「意外性のなさ」なのですが、「トランス女性を主人公にベタなラブコメをする」ことがコンセプトの作品なので、たぶん意図的なのでしょう。

スーパー・トランスライツな服装で校内を闊歩するケルサとカール。

周囲が騒ぐのは、もちろんケルサがトランス女性だと知られているからです。
しかしケルサは、大学入試のために必要な自己アピール論文(AO入試みたいなもん?)にすら自分が「トランス女性」だと書くことを拒否するほど、「トランスの女の子」と見られることをマジで嫌がっています。でも自身のアイデンティティである以上は「トランス」自体に否定的になれるはずもありません。母親に内緒でYoutubeにアップした動画では「普通に扱われたい」と主張しています。

この「普通に扱われたい」は、女性に限らず多くのトランスパーソンの本音であるように思います。世間的な偏見と異なり、彼ら彼女らは、別に「特別扱い」を要求しているわけではありません。ただ単に、事実として自分は男/女/ノンバイナリーなのだから、そういう人間として扱ってくれ、と言っているだけです。

しかし、それを許さないのが周囲の偏見です。
カールの親友、オーティスは、「お前は男と付き合うのか?」とわかりやすくゲイフォビックな怒りを示し、カールと絶縁してしまいます。よくあるトランス差別論法として「性的指向であるLGBと(性自認の問題である)Tは違うのだから、対等に扱うべきではない」というのがありますが、自らもゲイであるポーター監督は、「同性愛差別とトランス差別は地続きである」と明快に示しているといえます。

またケルサの親友・エムは、彼女の「裏切り行為」を許すことができず、もうひとりの親友・クリスの悪口を言ったことでケルサと喧嘩になり、ロッカーで倒れて指をケガしてしまいます。
あくまで事故でケルサの暴力が原因ではないのですが、その後のパーティーの最中、エムに気があるオーティスの入れ知恵で「ケルサをロッカーから締め出す」ことを思いついたエムは、学校に自分の被害を訴え、彼女をオールジェンダートイレに追いやることに成功してしまいます。

SNSなどで展開されている、所謂「女性スペース問題」言説をなぞる展開なのですが、重要なのはここでエムが能動的にトランス差別に動いたというよりは、二度にわたるシス男性からの加害的な行為(眼前で自分を振ったカール、下心で近づいたオーティス)の結果としてヘイトに走ったという点であり、現実の差別の構造を反映しているという意味では見事な作劇と言えるでしょう。
もちろん、それでエムの罪が免責されるわけではなく、最後には自分の過ちを認め、ケルサへの謝罪を行います。一方でオーティスはカールと殴り合いのケンカの末、改めて絶縁をされているので、ポーター監督は男性によるトランス差別のほうがより根深く、深刻な問題と考えているのかもしれません。

この間、カールはケルサのためを思っていろいろするのですが(展開的にも特に面白い部分なので、是非実際に映画をご覧ください)、結果的にケルサの気持ちを傷つけてしまいます。彼女は、あくまでも周囲から「普通に扱われたい」のであって、特別に配慮が必要な人でありたいわけではなかったのです。

このように、ポーター監督はいわゆる「トランス問題」が結局はマジョリティ側の偏見から生み出されているものに過ぎず、本来は当事者(本作の場合ケルサ)が一所懸命に対処すべきものではないことを正しく描いています。
トランスパーソンがロッカーやトイレを使おうと、シス男性/シス女性と恋愛しようと、それがジェンダー・アイデンティティと一致しているなら、何をしようが本人の勝手であって、周りがとやかく言う話では(本当は)ないのですが、マジョリティ側がトランスパーソンを「普通の人」として扱えないことが、あらゆる「ジェンダー・トラブル」を引き起こす原因になっているのです。

2.人種とジェンダー、文化や宗教との微妙な関係

プレミアでのポーター監督(中央左)とスタッフ陣。

このように、ことジェンダー問題の描写については本作は卓抜していると感じたのですが、一方で人種描写に関しては終始ビミョーな違和感を共にすることになりました。

本作の特徴として、自身も黒人男性であるポーター監督の意向か、有色人種のキャストが多数を占めている点があります。主人公・ケルサとライバル・エム、オーティスは黒人、恋人のカールはアラブ系にルーツを持つムスリムの家庭であることが匂わされています。人種的レプリゼンテーションの原則に基づけば、こうした反差別をテーマとした作品で有色人種が中心となることは大切でしょう。

しかし、実際に彼らが劇中で負わされている「役割」を考えると、あんまり手放しに称賛しがたく感じるのも事実です。
劇中で「悪役」を演じるオーティスとエムはともに黒人で、またファッションなども我々外国人がイメージする「典型的黒人」の範疇を逸脱するものではないように見えます。また、カールがムスリム系として主人公格であることは大変意義があると思える一方で、両親(特にアラブ人の父親)はトランスジェンダーに理解を示さず、露骨な偏見を表明するシーンがあります。

白人キャストが配置されているのが「理解ある親友」の役回りであるクリスと、日和見主義的な学校の理事長(しかも男性)であることを踏まえると、「それって人種偏見では?」と突っ込みを入れたくなります。もちろん、自身も黒人であるポーター監督に差別的な意図があるわけではないと思うのですが、ことシナリオに人種問題を絡めることについての「遠慮」があったのでは、と疑ってしまいます。

アメリカ映画では、白人監督はそもそも有色人種をメインキャストに起用すること自体が少ないため、有色人種の監督による起用が期待されている事情があります。しかし、インターセクショナリティの観点に基づけば、ケルサのような所謂「複合マイノリティ」は最も激しい抑圧を受けやすいのですから、白人から黒人に対する差別も要素のひとつとして盛り込んでほしかったところではあります。
政治的観点からは、欧米でトランスヘイト言説を推し進めているのは主に宗教右翼で、当然大多数が白人キリスト教徒です。この映画に出てこないからと言って、「白人キリスト教徒はトランス差別をしていない」わけでは全くないのですが、そこまで言ってしまうと話が重々しくなりすぎるため、本作の尺とジャンルでやるのは土台無理な話だったかもしれません。

3.ゴージャス・ポップ・クィアな期待は裏切らない映画

2019年、アカデミー賞で話題をさらったポーター監督のファッション。

いろいろと書きましたが、このような堅い話を抜きにすれば、実に瑞々しい青春映画であり、「ゴージャスでポップでクィア」という、おおよそ人類がビリー・ポーター氏に期待している全てのことは水準以上に満たしている映画だと思います。

主人公・ケルサをはじめとする女性陣のファッションは実に豪華で、見るものを飽きさせないですし、さすが本職だけあって劇伴の使い方もいちいち効果的で絶妙。テンポの良い展開で観客を飽きさせず、カールのセクシーなサービスシーンもちゃんと用意されています。女性陣は脱ぎません。

この手の社会派映画のお約束というべきか、欧米のネット上では早くも猛バッシングが始まっているようで、IMDBのスコアは本稿執筆時点で4.7まで下がってしまっているのですが、クォリティに反して明らかに不当な低評価と言わざるを得ません。

当然、テーマ的に人を選ぶ作品だとは思いますが、非常にわかりやすいストーリーの作品なので、あまりトランスライツに関心のない方でも、一度偏見の目を抜きにして見てみると良いかと思います。

「クィア」な要素を抜きにすれば、実に「普通の」ラブコメですから。

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