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散文 トンボの群衆

僕は雨に打たれてる。
傘を持たずに、1人歩く。ザーザーと降っていた雨が緩やかになって、途絶えたその後のポツポツと体のバリアの外に弾かれるぐらいの雨粒に気持ちよさを感じたのだった。

雨が降り出した時のプールを思い出した。水の中に入っていれば、雨は冷たくもない。もっと入っていたかった。外に出たら寒くなってしまう。ぬるい雨に纏われるのが嫌で、僕は限界まで潜っていた。それでも、スピーカーからはプールから速やかに上がってくださいとノイズに混じった声が聞こえる。誰も求めていないその注意を僕らはみんな無視したかった。係員に1人ずつ注意をされる。逃げるように泳いで、反対側から出る。濡れた体をタオルで巻いて、濡れた道をゆく。凸凹したプールサイドの床には、この場にいるみんな、一度は膝と掌を血だらけにされたことがあるだろう。夏がもうすぐ終わると考えないように、券売機できつねうどんのチケットを買った。雨が降る日はきつねうどんと肉まんが人気だった。だけど、僕らは帰り道にはアイスを片手に持っているのだ。白い丸いテーブルに座って、麺をすする。椅子には自分から垂れ出た生暖かい液体が溜まっていく。ふやふやになった指の先の白さを覚えている。雨が上がれば駆け出して、飛び込むことを怒られる。

そんな日の匂いがした。僕の目の前には、プールなんてなくて、ただ駐車場があるだけだった。スーパーに向かう9月の真ん中あたり。まだ金木犀の匂いはしない。夏でもなく、秋でもない。カマキリが走っていた。早く行かないと車に潰されてしまうよ。

長袖が着たくなる空気を手首に感じながら、空を見た。白い。入道雲とは違うその白さは、きっと簡単な捉え方がしたい僕が作り出した白なんだろう。本質を見ようとしない僕の癖を責めるようにカラスが鳴いた。吸った息にはぬめりがある。

プールサイドに座って見学をしてたあの日、誰かが僕にかけたプールの水は、あの凹凸を辿りながら僕の足にまとわりついた。それから逃げたくて、ズレた先にあるアリの死体を見て僕はこちら側の人間だと思ったんだ。ケラケラと泳ぐ彼らと僕の間には何かの違いが生まれた。そっと、手を見る。そこには、あのでこぼこの跡がしっかりと残っていて、くい込んだ小さな石を指先で外した。白と赤の斑が僕をなにか別のものにしてしまったようで、目を逸らした。その先には、プールではしゃぐ同級生を見るトンボの群衆があった。

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