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ショートショート34 「たまごなでしこ」
「女の子はね、たまごみたいでいるのがいいのよ。」
事あるごとに、お母さんにそう言われて育ってきた。
どういう意味? と聞いても明確な答えはなく、答えの代わりとばかりに、我が家の食卓はたまご料理が並ぶことが多かった。
目玉焼き、卵焼き、オムレツ、オムライス。
かつ綴じ、味玉、親子丼。
洋の東西を問わず…主食・おかず・おやつ、何にでも姿を変え、どれもが美味しい。お母さんのたまご料理が、大好きだった。
小学生の頃は、誰とでも仲良くなれて、相手の良さを引き出せるような、そんな人になりなさい、って意味なのかと思っていた。
思春期に入って、スキンケアに精を出すようになってからは、ムキたまごみたいなツルッとした美肌のオンナを目指しなさいということか、と勝手に解釈して、ニキビのできてしまった頬を恨めしそうに撫でていた。
そして、大学生になっても、たまごみたいな女の子とは何なのかが分からないまま、今、私は実家に帰ってきている。
人並みの恋をして、人並みに失恋した。
総括すれば、たった一文だけど、私にとっては大学生になって初めての失恋。私の中では、その恋は高校生までの恋愛とは、ちょっと違う。親元を離れてから、初めての恋愛。
門限を気にすることもない自由な恋は、誰からの干渉も受けない二人だけの世界。
蜜月は短い、なんて誰が言い出したのか知らないけど、まったくその通りで、燃えるような恋は3ヶ月で燃料が尽きた。
数ヶ月前まで、高校生だったのだ。頭ではいきなり大人になったつもりでいたけれど、心はまるで子どものままの私たちに、お互いを思いやった恋愛というのは、ハードルが高すぎたみたい。
この先も、こんな風に、心の成長が伴わないまま、いきなり年月が新しい環境を目の前に突きつけてきて、その中で翻弄され、傷ついて、ちょっとずつ大人になっていくことを強要されるのだろうか。だとしたら、あぁ…私は、貝になりたい。
実家に帰ってきたのは、一人でいるのが苦しかったのと、ちょっと子どもに戻りたかったから。
帰省の理由は、お母さんには喋ってない。家族の前で元気を取り繕うほど、できた娘でもなかったので、家では沈んだ様子を隠しもしなかったが「何かあったの?」と聞かれる事もなかった。ちょっとくらい、心配して聞いてくれてもいいじゃん…。
3日間の帰省は、何事もなく過ぎ、午後イチのバスで帰る日の朝。
朝ご飯にお母さんが作ってくれたのは、ソーセージと…スクランブルエッグ。
ふあっとしていて、おいしい。
「それね、本当は、目玉焼きにしようと思ってたんだけど、黄身割っちゃったから、プラン変更したの。」
「私、スクランブルエッグの方が嬉しかったから、ラッキーだよ。」
と答えつつ、朝ごはんを平げた。
ふたりで食後のコーヒーを飲んでいた時、ふとお母さんがお決まりのセリフを言う。
「忘れちゃダメよ。女の子は、たまごみたいに、ね。」
何回聞いたか分からないその言葉。その日は、ふわっと胸の奥に染みて、涙が出てきた。
帰省の理由なんて、お母さんには最初からお見通しだったのだろうか。
わかったよ。お母さん。
時間はかかるだろうけど、
傷ついても、
予定と違った形になっても、
最後は、
ちゃんと美味しくて、
素敵な料理になれる
たまごみたいな女の子。
私、いつか、なってみせるから。
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