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誰にも愛されていないと思える夜に

眠る。悲しむ。食べる。休む……など、25の動詞について、「生きていくうえで、かけがえのないこと」をテーマに書いたエッセイをまとめたのが本書『生きていくうえで、かけがえのないこと』です。

著者の吉村萬壱さんは『ハリガネムシ』(芥川賞受賞)や、『流卵』などで知られる小説家さんで、エッセイ集を出されたのはこれがはじめて。作品はまだ拝読したことはなかったのですが、タイトルに惹かれて読みはじめました。

本書にはいわゆる「人生の指南書」にはない生き方のヒントや勇気づけられる言葉が沢山詰まっています。

たとえば「愛する」という項目では、「我々の頭は、どこか愛というものに過剰に縛られ過ぎているのではあるまいか」と問いかけ、次のように述べています。

 人は愛し愛される存在でなければならない、などと一体誰が決めたのか。
 たとえ今は誰からも愛されず、誰も愛せず、自分すら愛せない状態にあるように思えても、当たり前に生活していくだけでたいしたことである。

『生きていくうえで、かけがえのないこと』

この言葉で救われる人がどれぐらいいるだろうかと思いました。今日一日をなんとか生きた。それだけでたいしたことなのです。私自身、人間関係でよく悩んだりしますが、この言葉を読んで少しだけ心が楽になりました。

そして吉村さんはこうも述べます。

自分は我が子や夫を本当に愛しているのだろうかとか、自分は愛されていないのではないだろうかと過剰に悩んで分からなくなってしまうより、当たり前に子供のオムツを換え、夫と共に家計を支える。そういう必要なことを必要なだけ行っていく中で、自然に湧き出してくる何かがあるような気がする。

『生きていくうえで、かけがえのないこと』

それは、愛と言えるかどうかはわかりません。でも確実に私たちの心をあたたかくしてくれるように思えます。その他の人間関係でもきっと同じく、「自然に湧き出してくる何かがある」ように思います。こんな夜は、そうして湧き出してきた何かを思いながら眠るのもいいですね。

本書には、そのほかにもいい言葉がたくさんあるのですが、全篇を通して私が魅力を感じたのは、様々な事情から苦しみつつ生きている人や、弱い立場にある人に対する視線の優しさです。

著者が考察するなかで生まれた文章の一つひとつが「~しなければならない」「~するのが当たり前」といった私たちの思い込みを、じんわり解きほぐしていってくれます。

最後に編集的なところでのお話もさせてください。実は本書は、批評家・随筆家の若松英輔さんの著書も同タイトルで同時発売されていまして、その仕掛けに「面白い。やられた!」と思いました。

「生きていくうえでかけがえのないこと」というテーマも、編集さんが考えられたものだそうです。著者のお二方と編集さんの三位一体で繰り出されるパワーがこの本を他にはない本にしているのだなと感じました。

生きづらい時代と言われて久しくなりますが、とらわれない眼でもう一度世の中を眺めてみると、少しは生きやすいところが見えてくるかもしれません。折に触れまた読んでみたい一冊です。若松さんの本についてもいずれ投稿します。本当に最後まで読んでくださって、ありがとうございました! 長くなって申し訳ありません。よい一日を!


※アメーバブログ2016年10月1日を大幅に加筆修正した再録記事です。

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