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江部航平
2024年9月13日 05:46
夏の終わり、空調のリモコンのボタンの、いつもは除湿に押し込むのを暖房に変えた時のさみしさと言ったら。めいめいに騒いでいた蝉の声ももうあまり聞かず、歩道に転がった蝉の死骸を避ける人らは携帯を見ながら歩くせいで猫背。 僕は時間に、規範に、季節に、時代に、体を嵌め込まれたまま、そこから抜け出す勇気がもうひとつ持てずにいた。暗くなりつつある外の、ぬるい空気の中に僕はいた。外ではもう鈴虫が鳴き始めている
2024年9月10日 07:22
携帯に目を落とした。八月十五日、SNSでは戦争の記事が並ぶようになる。戦後を生き抜いた少女と空襲の爪痕、祖父が戦地で見た光景、ミミズを奪い合う子どもたち、戦後日本の異様な実態。スクロールする指に流れていく記事を目で追いかけていた。もう一ヶ月もすればこの記事も一目に留まらなくなる。 駅前のバスターミナル周辺をカップルやら家族連れやらが歩いてゆくのを横目に、わたしはイヤフォンから漏れる音楽を聴いて
2024年8月22日 15:26
窓に触れる木の葉々が風に揺れて、屋上からおが屑を撒くみたいにがさがさ、さらさらと音がした。八月も暮れに差し掛かり、公園の向日葵はもううつむき始めている。「もう寝よう」僕の声にランテコはなんにも応えなかった。彼女は窓の外を見ていた。夜の波が音もなく窓にぶつかっては引いていった。言葉は独り言になって床に転がり、水屋の角にぶつかって真ん中から割れた。 部屋には僕と彼女の二人きりで、他にあるものとい
2024年8月13日 19:53
今日はとくに暑いから魔法がうまく出せないかもしれない。 寝汗をかいていた。午前八時、日はすっかり昇って、外ではパトカーがサイレン鳴らして走っていた。その音に引っ張られるようにして、昨日帰り道で見たハッコウフグの群れが夜空を泳ぐ景色を浮かべたけれど、その光景はもう過去の映像で、太ももや腕にかいた汗のぺたぺたとした不快感に体を起こした。
2024年7月15日 10:59
お盆を過ぎ、駅前の夜はじっとりとした熱気の中にあった。拭えぬ湿気の中に漂うたばこの匂いが鼻に当たり、目前を歩く中年の男が手に差した小さな赤い光に視線が当たる。男が歩くたび、腕が振れて赤い点が暗い中で明滅する。僕はシーツやらTシャツやら何やらがぎゅうぎゅうに詰め込まれたIKEAの青いバッグを手に歩いていた。街灯が道路脇に植った低木の葉々をぼんやり照らし、その景色が歩道を沿っていた。低木の導く先を目