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その作業着

「ちょっと気合いれてカード探すわね」

ジリジリと焼けるような夏の暑い日、
自動ドアが開き真っ白い光の中からやってきたおばさんは、
私の間延びしたいらっしゃいませを聞くやハリのある声でそう言うと
大量のカードや領収書を財布から一枚一枚取り出した。
そして冷えたカウンターの上で何やら二つに分類し始めた。
一つは、宝くじとか、商品券や、大切なカード、
もう一方の山は、その他どうでもいいカードであろう。
私はただ手を後ろに組んでレジの前に立ってその様子を見てメンバーカードがでてくるのを待った。
これまでここで何年も働いてきた。
お客さんたちがカードを探すこの数秒から1分ほどの短い時間を集めたら、
私は一体何時間こうして突っ立って過ごしてきただろう。
それほどこの時間とは、チリも積もれば山となる無駄だった。

そのおばさんは焦る様子もなく
あまりにもくもくとメンバーズカードを探すので、
私は見ず知らずの人と一緒に同じ空間で
静の時間を過ごしているということに気がついて、
大きく深呼吸し、店の隅に視線を移して無となった。

ブラックホールのようにおびただしいカードを備えたその財布でも
クリーニング屋のカードはおよそ出てこないかもしれない、
そう諦めの考えがよぎるころ、
「あったわ」とおばさんはおもむろにカードをよこした。
一連の作業をすべて終えたと思えないほど達成感のない声だった。
私はいつも通りそれをするするとレジに読み込ませると、
次におばさんがカバンから出してきた男性ものの作業着を点検し受け付けた。
「たたみにしますか、ハンガー(吊るし)で仕上げますか?」と
お馴染みのセリフで私が聞いた時、
おばさんはまたも元気に、「もう使わないからたたんでしまって!」と言うと、そのまま続けた
「旦那、死んだのよ!」。
え!!!と言う私の声は、
思いがけず大きかった。
「本人我慢していたみたいで
病院に行った時はステージ4だったの。食道ガン。」
私はすぐに頭の中の辞書をひっぱりだしては
こう言う時、どんな表情でどんな言葉を返さないといけないのかを検索した。

1秒1秒と時間が過ぎていく。
まるでカードが出てこない財布のようだ。

もう使われることはないその作業着は、
これまで受付してきた作業着と何一つ変わらないのに、
もう二度と誰にも着られることがない。


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