魂のつがいはパートナーとは限らない～52ヘルツのクジラたち～感想文

一人の時間が長かったので、孤独になれていると思っていました。
でもちがいました。
一人時間と孤独は全く違うものです。

「孤独の叫び」を聞きました。
「寂しい」を超えた「世界に自分一人」「どこにも行けない」「どうしたらいいかわからない」・・・悲痛なまでの声なき声。
今年の本屋大賞の候補作の1冊を読んで感じたことです。

長い私の一人時間

私は晩婚で、長い一人暮らしの時間がありました。
実家と関係は悪くないけれどよくもなく、ほとんど足を向けませんでした。

長く付き合った恋人と別れた後も、しばらく一人。
「探しに行く」「合コン」「出会い系」という発想がありませんでした。
誘われていっても落ち着かず、アピールもできず、いつもと少し違う華やかな友人を見て感心しました。
「うらやましい」とも違う疎外感。
居心地が悪い、という感覚。
うまくふるまえない自分に対する嫌悪感。

一人のクリスマスやお正月は寂しいものでした。
だから海外に一人旅に出たこともありました。

覚えているのは初日の出を見に、住んでいたマンションの屋上に上ったことです。
ちょっといい日本酒の小さなボトルと杯をもって。

初日の出を見ながら小さな声で「乾杯」。

暗い・・・？　笑
寒くて、早々に部屋に戻りました。

その後しばらくして、連れ合いと出会い、今に至るわけですが。

孤独な魂のつがいは家族でなくていい

そんな一人時間と孤独は違うのだと知ったのは「52ヘルツのクジラたち」（町田そのこ・中央公論社）を読んだからです。

タイトルの説明をします。

52ヘルツのクジラとは――
他の鯨が聞き取れない高い周波数で鳴く、世界で一頭だけのクジラ。
たくさんの仲間がいるはずなのに何も届かない。何も届けられない。
そのため、世界で一番孤独だといわれている。(本書の帯より)

まったく言葉の違う国へ行って、話しても通じないとしても、笑顔や身振りでわかることはあるでしょう。
でも誰もいないところで、どこかに人がいるのに声が届かず、探せないとしたら。
52ヘルツのクジラはそうやって海を漂います。

そんなクジラに自分を模す、痛切な孤独を抱えた女性・貴瑚（きこ）。
彼女は虐待と搾取という過酷な家庭環境から、ある日救い出されます。

物語が始まるのは、そのずっとあとからです。
その間にあったことと、その傷を背負いながら生きていくこと。
孤独から、もっと大きな孤独に呑み込まれていく貴瑚。
そんな彼女が出会った少年。

少年は親から「ムシ」と呼ばれ、虐待されていました。
貴瑚はおずおずと、でもどうしようもなく止められず彼に手を差し出します。戸惑いながら、見つめ返す少年。

2人の関係と、その変化。

「魂の番（つがい）」という言葉が何度か出てきます。

それは誰なのでしょう。

一般的には恋人や夫婦がそう呼ばれています。
「出会うべくしてであった」「片われ」「二人でひとつ」のように。

でもそうとは限らないのではないでしょうか。

激しい孤独の「つがい」は同じ孤独を味わったものにしかわからないのだ、と訴えてきます。

もう「家族」という形を抜けたところに、真の関係性があるのではないか、と。
「夫婦」「家族」への疑問は、昨年の本屋大賞を受賞した凪良ゆうさんの「流浪の月」にも描かれていました。

差し伸べる手

でも孤独を知った者同士しかわからないから、とほかのものを排除はしません。
手は必要なのだと教えてくれています。

友人が、周囲の人が、手を差し伸べます。

現実でも、今も、ここでも。
そしてどこかで。

私の手も必要とされています。
あなたの手も必要とされています。
「わからない」といわないで手を差し伸べてほしい、と。

私の感じていた孤独は甘いものでした。
だからといって否定する必要もないのです。
感じた孤独は今も心にあります。

小さな苦みを身の内に持っていようと思っています。
それが誰かを理解することになるかもしれません。

だからあなたの思いも、出そうとする手も、止めないで。

52ヘルツのクジラたち (単行本)

※これから読もうと思う方は、これ以降を読まないでください。

ネタバレになるのでこれ以上は書けませんが、ストーリーへの疑問点が一つあります。少年の祖母に対してです。
また、トランスジェンダーの方が読むとつらいのではないかと思うところがあります。

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今年の本屋大賞候補作について、あと2冊書いています。