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読書人間📚『姫君を喰う話』宇能鴻一郎/傑作短編集



『姫君を喰う話』宇能鴻一郎 傑作短編集 / 新潮文庫
2021年8月1日発行


宇能鴻一郎(1934年生まれ)さんは、純文学から官能小説へ、また、嵯峨島 昭(さがしま あきら)の別名で推理小説も執筆。当初は覆面作家だったといいます。その事を踏まえながら読むと更に面白いです。


▶︎姫野を喰う話(小説現代 1970年3月号)
女をむさぼり喰うほど熱狂し、柔肌に溺れるホラー話。人肉食い。いきなりの嫌悪。


▶︎鯨神(文學界 1961年7月号)
第46回芥川賞受賞作。翌1962年に大映で映画化。
長崎、平戸。間が抜けたコテコテの方言が、ずっしりとした文芸作品に合うと感じたのは宇能鴻一郎さんの筆力ですね。あれ?こんなに勇ましさがあったかしらと生まれ育った土地を思い出しました。これは純文学です。

監督 田中徳三
脚本 新藤兼人
出演者  本郷功次郎、勝新太郎、藤村志保、江波杏子、志村喬


▶︎花魁小桜の足 (小説現代 1969年11月号)
切支丹キリシタン、耶蘇基督ヤソキリスト、紅毛人、、先にも言いましたとおり私は長崎生まれですが、こんな時代があったのかと驚く感覚です。作品と言えど、ここには書けない差別の言葉が並びます。

141ページ、どじょうすくい、阿波踊りなど(能は例外)、日本の芸能は世界一、卑猥なものが多いと仰います。戦争での自殺攻撃はわかりやすく、民族的自虐志向、自発的奴隷根性は、奴隷的服従と自尊心の折り合いをつける規範が武士道として日本人に根付いており、芸能にも表れていると言います。場合によっては堺事件、土佐藩兵の集団切迫や、葉隠(はがくれ)の潔さなど崇高となる時がありますが、谷崎潤一郎も日本の芸能の卑猥さ、汚らしさを批判していると言います。そこまで考えた事はありません。日本人は慎ましいと言えば聞こえは美しい民族ですが、芸能をそういう角度で見ると納得せざるを得ない部分は確かにありますね。
この作品は一際興味をそそりました。短編集に収められる度に加筆修正をなされているそうです。これは純文学です。面白かった。


▶︎西洋祈りの女 (新潮 1962年3月号)
集中力が途切れて迷子。宇能鴻一郎先生、東京大学文学部国文科博士課程中退の実力が私の足りない脳みそを粉砕。ずっしりとした語彙の並び、表現に純文学と想像します。


▶︎ズロース挽歌 (問題小説 1969年10月号)
「ブルーマアと言う運動着」「女子便所は男たちの禁断の"聖域"、女学生達がズロースを下ろす場所だから」「黄金の溶液」あーもうなんだか酷い(笑)。しかし男の夢叶わず。 
官能に近い純文学、犯罪のお話なので女性読者の嫌悪、拒絶がありそうです。


▶︎リソペディオンの呪い (問題小説 1970年9月号)
舞台は大分県別府大野郡、大正15年に発見された風蓮洞窟。これまた、大分は懐かしい場所。このお話は完全に偏った性癖の話だから官能に認定かと思ったらホラーか?


▶︎エッセイ『三島由紀夫と新撰組』(2021年5月)
さて?どうした流れで三島由紀夫が登場したか?。作中に谷崎潤一郎に触れている一節はありますが、それにしても前触れもなく唐突に三島由紀夫。
解説の篠田節子さんも、宇能鴻一郎さんが三島由紀夫にこだわり、なぜ巻末エッセイで触れているのかわからないと書いています(令和3年5月)。
『花魁小桜の足』の加筆修正中に谷崎潤一郎の作品に耽る時があったのでしょうか?
謎を解く作品がこれから出るのでしょうか?謎は次の作品で解明されるのか??. . . 期待。



全体を通して驚いたのは、同じ作家が書いたように思えないところ。正直、私には時代の表現も重なり、文章が固く頭に入って来ない作品もありますが、書いた年代はさほど変わりは無いのに一変、現代風な文体であったり、それでいて官能から純文学。宇能鴻一郎さん興味深いです。

傑作集、第二も出して欲しい。面白いです。




カバー装画 九鬼匡規(くきまさちか)
画集『あやしの繪姿』あやしのえすがた(アトリエサード刊)より

妖怪美人画。線の細いたおやかな黒髪美人。この本にピッタリです。


🌝声、発声、機能を考える
ボイス・ボーカルレッスン/東京都 
音楽療法(医療行為は行わない)の観点からオーラルフレイル、口腔機能、老化防止を意識した呼吸法、発声のレッスンも行います。

こちらの記事は  #みんなの文藝春秋  に掲載して頂きました。

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