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ハウ・トゥ・サバイブ ベルリン移民に聞く アノーシュ(イラン)-2 「自国通貨の暴落に翻弄される」

・ブルガリア留学前に通貨が暴落する

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2006年から2020年12月までのイラン・リヤルとユーロの公式為替レートの推移。公式レートはいわばイラン政府の願望で、実際に両替する際はもっとイラン・リヤルに不利なレートになるが殆ど。特に近年はその乖離が激しい。10リヤル =1トマン。イラン国内では実際的に殆どの商取引がトマン単位で行われている。
(ページ最上段の写真 https://en.radiofarda.com/a/iran-changes-its-currency-goodbye-rial/28635812.html)

A:俺の個人的な話をすると、俺は18歳の時からイランから出ようと思ってた。
でもどこに行くか、どうやって行くかはわかってなかった。
18か19の時、既にブルガリアに10年住んでたイラン人の友達が、ブルガリアの大学を紹介してくれたんだ。
俺はブルガリアで学生になることに決めたんだけど、まさにその時、その核開発に絡んだ西側からの経済制裁が始まったんだ。
一晩で通貨が大暴落した。

その前は1ユーロは1800から2000トマンだったんだ。
あ、トマンはイランの通貨で、10リヤル が1トマン。
それが一晩で1ユーロ5000トマンになった。
たった一晩で、最初の制裁で。
進学する2、3ヶ月前のことで、俺は既にブルガリアに行く準備をしていたんだ。
外の世界への旅が始まる前だった。
俺は1ユーロ1800とか2000トマンで計算していたのに、それが一気に2、3倍になって、俺は一体どうやって学費とかを払っていけばいいんだと思った。
今1ユーロは何トマンか知ってるか?
最初は2000だったって言ったよな?
それが今は35000トマンだぜ。

B:シャレにならないね。

A:今ならわかるだろ、俺が自分の国に未来がないと思った理由が?
AKAI(楽器メーカー)の安いコントローラーすら買えないんだ。
たとえ金を貯めたとしても、来月とか半年後にはその金に価値がなくなってる。
西側の制裁は俺たちをハックしたんだ。
人々をハックし、経済をハックし、全てをハックした。

トランプになってからは奴が変なことを言うたびにイランの通貨は暴落している。
奴は、あと4年自分が大統領を続けたら1ドル10万トマンに暴落させると言ってる。
イランはこのインフレの影響をすごく受けてる。
もちろんイランは国内だけでも沢山のものを製造してるけど、輸入してるものだっていっぱいある。
外国のフルーツなんて全然見かけなくなった。

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(写真 https://www.radiofarda.com/a/iran-dollar-rise-23-thousands-toman/30723174.html)

E:ただでさえ通貨が暴落したら輸入品は高くなるのに、イランは輸入も出来なくなった(供給が減った)のなら、輸入品の価格はすごく上がっただろうね。

A:ああ、それで犯罪はめっちゃ増えたよ。

社会を健全に保つには人々が自分の能力を向上させて、それを活かせる場所がないといけないじゃん?
でもイランでは大学で博士課程を取ってもUberのドライバーやってるような人がいっぱいいる。
職がないんだよ、経済が回ってないんだよ。
イランは石油の収入がメインだから税金もほぼないんだけど、でもその石油の売り上げはどこに行ってると思う?
ムッラーだよ。 

見せないようにしてるけど奴らの生活はまさに天国だろうよ。
俺はテヘランの裕福なエリアを知ってるけど、そこにはムッラーの子供や孫も住んでるんだ。
めっちゃ高い車乗ってて、めっちゃ高い服着てて、彼らは自由を満喫してるんだ。
奴らは「ファック、アメリカ帝国主義」とか言いながらアメリカのアップルが大好きで、アメリカのインスタグラムに「ファック、アメリカ」って投稿してるんだぜ。
イランにはインスタグラムのアクティブユーザーが山ほどいる。
皆アメリカのアルゴリズムにやられてるんだよ。
クソだろ?

E:国を出た理由がわかったなんだか気がする。
結局ブルガリアには行ったの?

A:3ヶ月だけね。
学生ビザをとって行ったんだけど、ユーロがどんどん高くなって行って下がる気配がなかったから撤退したんだよ。
この為替レートじゃそもそもヨーロッパで学生やるのは無理だと思うようになって、スイスのフェスに出てから帰国しないでそこで難民申請したんだ。
あと、オフィシャルな両替レートと、俺たち一般市民が両替できるレートとはだいぶ違う。
オフィシャルなレートで両替できるのは外国で仕事をしていることとかを証明できて役所から認可された人だけで、普通の人はブラックマーケットのレートでしか両替できない。
ブラックマーケットっていうと何だかアンダーグラウンドに聞こえるけど、大多数の人が利用しているものだよ。
で、これはあくまで憶測で証拠はないんだが、果たしてムッラーのサポートなしに、不利なレートでの両替をイラン中で大規模に出来るんだろうかという気がしないでもない。

E:ムッラーが不利なレートで両替させて利ざやを稼いでるってこと?

A:あくまで憶測だよ、状況からの。
証拠があるわけじゃない。
いずれにせよ、イランの通貨をもってたって価値がどんどん下がっていくだけから、みんな少しお金が貯まったらドルやユーロに替えようとするよ。
昔はゴールドに替えようとする人も多かったけど、今はドルやユーロの方が多いね。

E:ゴールドよりもドルやユーロに替えるの?

A:もちろんオフィシャルには認められてないけど、特に制裁後のイランでは実際、トマンじゃなくて、ドルやユーロがものの価値の基準になってるからさ。 
まあでも、革命後のイランがずっと経済的にカオティックだった訳じゃないんだよ。
10年ちょっと前の、イランの核開発に対する西側の経済制裁で急激に悪くなって、親イスラエルのトランプになってから拍車がかかった。
その前はもっと経済はマシだったよ。


・移民は大きな街に住め

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E:イランの人はイランから逃げるとしたらどこに行く場合が多いの?
さっき行ってたビザ無しで行ける国?

A:ビザ無しで行けるのはソマリアみたいなあまり誰も住みたがらない国が多いから、ヨーロッパに逃げる人が多いよ。

E:ソマリアに逃げてもね…

A:ヨーロッパはやっぱ近いしさ。
まず最初トルコに行くんだ、トルコはアジアとヨーロッパのボーダーだから。
イランとトルコの国境は山になってて、山のトルコ側で違法の業者に大陸ヨーロッパやイギリスに運んでもらうんだ。
昔はイラン人が移住するのはアメリカが多かったけど、今はドイツが多い。

E:移住先の土地でうまくやって行くためには何が大事だと思う?

A:人口の多い街に住むことだ。
人口が多ければ移民を嫌う人もいるけど、移民に友好的な人もいる。
これがもし小さい街だと、保守的な人しかいなかったりする。

自分は現地に適応したいと思ってても、向こうが中に入れてくれないこともある。
こっちが何か聞いたり頼んだりしても、「え、ちょっと急いでるんで」みたいに言って相手してくれなかったりさ。
レイシストって言うほどでなくても。

E:わかる。
単に面倒臭そうなんだよね。

A:あと、もちろん言葉を覚えることも大事だ。
言葉は鍵だ。
言葉がビギナーだと、この国のビギナーという風にも見られてしまう。

俺を知らない人は、俺がイラン人ってだけで頭の中でテロリストとかイスラムとか戦争とかそういう言葉を連想してるから。

E:ドイツでそういう偏見は強いと思う?

A:そう思うよ。
ベルリンはマシだけど。
イランでだって、田舎の人はイタリアがどこかとか、日本がどこかとか知らないと思うけど、ドイツでも多数派はそもそもイランについてよく知らない。
で、俺と会うと、それまでニュースとかで見た俺と似た風脳の人のことを思い出して警戒心が湧く。
それで、もし俺がたどたどしい言葉話してたら、やっぱり相手にはされないよ。
知性があったとしてもバカに見えるし。
あと、俺の場合は税金のない国で育ったから、そもそも税金という概念が何なのか分からなかったし、そういう書類書いたりみたいな事務的な作業を助けてくれる人がいないと本当に難しい。
ドイツ人の彼女が助けてくれるんだけど、俺の代わりに書類仕事をしてくれた後はいつもすごく疲れた顔をしていて申し訳ない気持ちになる。

E:税金がないって石油の売り上げがすごく大きいから?
税金ないんだったらイランの人はそんなに長時間働かなくてもいいのかい?

A:そんなことないよ。
税金はないけど、経済もないから。
イランは全員が平等で、少なくとも誰も飢えないっていう共産主義みたいな経済政策なんだ、マルクスじゃなくてイスラム教をベースにした。
でも、そのビジョンが実現したことはない。
石油があんなに売れてるのに、そのお金はどこかに消えるんだ。
昔は中流層がいたけどが今は超リッチか何も持ってないかにはっきり分かれてる。

E:富が再分配されないんだね。

A:されてたら今頃スイスや日本みたいに国中に交通機関があるはずだよ。
日本は写真で見ただけで行ったこと無いけどさ。

・地政学的ややこしさの偏差値は70以上

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(地図には国名が出ていないが、アゼルバイジャンの北はロシア)

もう一つ、イランの抱える大きな問題は、イランが地理的にでかいってことだ。
イランは多くの国と国境を接していて、隣国はどれも特徴的でややこしい国ばかりなんだ。
アゼルバイジャン、ヨルダン、バーレーン、アフガニスタンやパキスタンの一部もかつてはペルシアの一部だったんだけど、第一次世界大戦の頃に独立した。
さらに、イランの中でもトルコに近いエリアにはトルコ系イラン人が住んでて彼らは自分たちをイラン人よりもむしろトルコ人だと思っててトルコ語を喋ってる。
その地域はタブリーズっていうんだけど、テヘラン出身の俺がそこに行くとそこの人たちが何を話してるのか分からない。
同様にアゼルバイジャンに近いエリアのイラン人も、自分たちはむしろアゼルバイジャン人だと思ってる。
そしてイラン南部にはアラブ人が多くて、彼らはイラクと近い。
イラクとの国境越えるのは簡単で、イラクは主にアラブ人の国だ。

E:イランとイラクは戦争してたよね?

A:ああ。
そしてイランはパキスタンともトルクメニスタンともアフガニスタンとも国境を接してる。
おまけにスンナ派の大国サウジやイスラエルやロシアとも近い。

E:ややこし過ぎるね。
日本は島国でかつて200年以上、外国とつきあってなかったんだ。
その間、異常気象が起きても外国から食料を輸入しなくてもやっていけたし、海がいわば天然の要塞で、外敵から攻められることも殆ど考えなくてよかった。
民族的マイノリティもいるけど、そこまで大きくはなくて、日本語が通じないエリアというのは殆どない。
だからこそマイノリティには住み辛くて、マジョリティには今でも政治に全く関心ない人が多いんだけどさ。
でもそんな国で育ったから、地政学的にそこまでややこしい状況の国があるなんて今まで考えたこともなかった。


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※追記

あとで個人的に調べてみたところでは、スンナ派が多数派のイラクにもシーア派もいてイラン系住民がいたりと、アゼルバイジャンのイランに近いエリアにはイラン系の住民がいたりするようだ。
民主主義で行くとそれぞれの利害の対立が激化しやすく、こういう状況の国では結局、独裁以外の政治形態で国をまとめるのが難しいのかもしれない。

イランはもはや世界で数少ない中央銀行を国有化している国だが都市伝説系の人がよく言うように、中央銀行を国有化すれば必ず政治も民主化して経済も良くなる訳ではなさそうだなとAnooshの話を聞いていて思った。
体制が何であれ権力は腐敗するのだろう。

あとイランの支配層が、割高なレートでの両替を少なくとも本気で取り締まってはいないことから、政府が闇両替を実質的に仕切っていて、法外な為替手数料で儲けているのではないかという憶測についてだが、たとえイラン政府が1ドル=1トマンだと宣言しても、諸外国が1ドル=10000トマンくらいが適正だと判断していれば、そういうレートにならざるを得ず、それゆえ政府も黙認しているという可能性もあるだろうと思う。
例えばイラン国内では1トマンを1ドルと交換できるのであれば人々が両替に殺到するだろうけど、両替や(政府?)にそんなたくさんのドル現金がありはしないだろうし、また、外国では1トマン=0.0001ドルにしかならないのに1トマンと1ドルを交換し続けるとも思えないので、結局、両替のレートは政府にコントロールしきれないのではないかとも思う。
イランの場合、実際どうなのかを確認しようがないが、経済の混乱している国では特に、公式レートではなく闇両替のレートが通貨の実力を示していることは珍しくない。

また、インタビュー中に出て来る為替レートとこの記事の冒頭にアップしている公式為替レートの推移とにかなり乖離のある部分があるためAnoosh本人に確認したが、彼の言ったレートは大まかには間違っていないとのこと。
実際のレートは相当違うということのようだ。



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