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元ホテルマンのコンビニ定員


以前住んでいた世田谷のマンションの下は、「あなたとコンビニ」が愛称のコンビニエンスストアだった。
マンションの下にくっついてるだけあって、あの時は何かとコンビニに行っていた気がする。
そのコンビニに、いつも居る、多分店長さんなのかな、私の大好きなコンビニ定員さんがいた。

「いらっしゃいませ!
御来店、誠にありがとうございます。」
「お買い上げ、ありがとうございます。」
「袋はご利用でしょうか?」
「お箸は何膳、お付けいたしましょう。」
「今日も暑いので、お気をつけていってらっしゃいませ」
「いつもありがとうございます、またお待ちしております。」

その彼は終始、にこにこ笑顔のまま、気持ちの良い接客をしてくれた。私が行きすぎていたせいか、顔を覚えていてくれて、いつもレシートをもらわない私の癖まで完全に把握されていた。
それでいて、深くまでは聞いてこない、顔を何度も合わせているのにやたらと親しく、フランクになったりとするようなこともなかった。
私としては、もう少し踏み込んできてもいいのになあ、なんて思ったりもしたけど彼なりの何かラインがあったのだろう。そこもまた彼の接客へのプロ意識なのだ。
彼から受ける接客は、本当にもてなされている感じがした。まるで何処かの高級ホテルのフロントでのやり取りかのように。
ここがコンビニということも忘れてしまう。私もついつい丁寧になる。
その時、私は少し東京に染まりつつあった自分の穢れてしまった心を思った。

朝のコンビニなんかは特に、行き急いでる人が多数で、それ以外にもやっぱりどうしてもスピード勝負感が否めないコンビニという場所。
「たかがコンビニで、そんな丁寧にされてもね」と言う大人達もきっといるのだろうけど、私はそうは思わない。
いや、実際は、その時の私はそうも思わずに、レジで携帯をいじりながら礼だけ言って、店員さんがどんな人だったかなんて気にも止めていなかったんだと思う。
今、そうは思わない。と思うのは、そのコンビニ定員の彼に会ってからだ。

コンビニでも、というのも失礼だが、どんな仕事でもその自分の仕事に誇りを持って自分の出来る事に誠意を持つ。ということは、意外と難しい事で。
高校生の時にやっていたアルバイトの志望理由はどこも「楽そうだから」というものがほとんどだった。
でも実際は、楽な仕事なんていうものは無い。
高校時代のアルバイトが楽で楽しかったという思い出があるのは、「高校生のアルバイト」だったからだ。なにも請け負わず、やる事だけやっていれば良い、むしろ可愛がられていたからだ。
大人になった今、そうはいかない。
でもだからこそ、どんな仕事でも、丁寧に、誇りをもってこなしている人達を見ると、尊敬が止まらない。

日頃見落としていたものを回収していくかのように、大人になってから、そしてコンビニ定員の彼に出会ってからは特に、人への尊敬の気持ちは本当に大切なのだと思うようになった。
やりたくない、やりたい仕事とは別の仕事をしているという状況だとしてもそれを「この人、本当はこの仕事したくないんだな」と、悟られてしまうような態度で仕事に挑んでる人より、なりたい職業とは離れていても「この人、この仕事のプロだな」と思われるぐらいに熱心の人の方が格好いい。そして、尚且つその方がその人自身も自分をすり減らさない働き方、生き方だと思うので賢明だと思う。

逆もしかりで、たとえコンビニだからとはいえ感謝の気持ちを忘れてしまってはいけないと思う。
よく「客は神様だと思え」という言葉を聞くが、そんな考えはくそだ。
客だからといって悪態をつく客は神どころか、人間でもないと思う。
どんな場所の、どんな仕事の人達でも、私達は感謝するべきなのだ。そして、感謝されるべきなのだ。
私たちが普段過ごして出るゴミ、それを回収してくれるゴミ収集の方々。この人達がいけなければ街はゴミで溢れかえるだろう。そうなれば生きてはいけない。
駅を掃除してくれている掃除員の方々。駅員の方々。この人達がいなければ今頃街中の駅の中は人のゲロだらけで足の踏み場も無いだろう。

人は人に生かされている。
その事を決して忘れてはいけない。

その事に気づくのは、しっかり周りを見て生活しないといけない。感謝を伝えるにはその人達の働きをしっかり見ておかないといけないのだ。
スマホばかりいじっていては見るべきものも見逃してしまう。そして人間性すら忘れてしまう。これは今の自分の課題でもある。

今のバイト先(クラブのバーテン)での事、楽しい場所だからといって、私はお客さんにドリンクを頼まれ「800円!」と投げ捨ててしまった事があった。先輩がそれを聞いて近づいてきて、私にこう言った。「800円です!と言った方が気持ちがいいかもね。」と。
ハッとさせられた。
間違いない。場所や状況は関係ない。
コンビニ定員の彼が思い浮かんだ。
分かっていても忘れてしまうものなのか、と思った。だからこそ、日頃から意識しなくてはいけないものなんだと思う。
私は幸せ者だ。こう指摘してくれる人達に、今は包まれている気がする。
まだまだいける。まだまだ学べる、伸びる、自分。と思う。

「親しい中にも礼儀あり」
この言葉はなにより正しい。
仲の良い友達や仲良くさせていただいている先輩方を私はいつまでも尊敬していたい。
そして自分が先輩になった時もそう思われたい。その為には、よく周りを見て、場所や人問わず感謝の気持ちを忘れない事が大事なのだ。

題名に、「元ホテルマンのコンビニ定員」とあるが、本当に彼が元ホテルマンだったかというのは未だ不明である。私が勝手にそう思っていただけだ。
だが、私が彼に対して勝手にこう思う事も彼にとって決して不快という訳では無いだろう。むしろ違かったとして、私にそう思わせた彼は本当のプロだと言える。

世田谷のマンションの下の、「あなたとコンビニ」が愛称のコンビニ定員の彼から密かに学んだこの教訓への感謝を、そのマンションから引越す当日、私は小さな缶のブラックコーヒーにひっそりと詰めて、彼に渡す事ができた。
私も彼も、深々とお辞儀をした。


彼の積み立てきたであろう努力や思いやりを、見逃さないでいて良かった。
そう、見てる人はきっと、見ているのだから。
そして、気づいてくれる人も。
その誰かのために、私はこれからも人への感謝を絶やさないでいたい。

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