ちば澄子

ちば澄子

最近の記事

記憶と土地

私の記憶に強く紐づいているものは、 昔に住んでいた土地の景色であることが多い。 出来事や人間の姿ではなくて、景色。 過ぎた歳月の分だけ、景色だけがぼんやりと重なっていく。 ふと思い出す、景色の細かなディテール。 色味、温度、質感を、指で触れて辿るように思い出す。 もう存在しない景色、もしかしたら現在も似たような姿や形を留めているのかもしれない。 そんなはずはない、景色とは写真のように留まることは無いのだ。 記憶に大部分を占める馴染んだ土地から遠く離れた場所に来た者は、 その

    • 未来の政治

      大阪に住民票を移してから初めての選挙。やはり東京とは情勢が大分違う。大阪発祥であり、現府長や市長も所属する「日本維新の会」の存在感が東京に比べるとはるかに強い。候補者の顔や経歴が自民党以上にヤクザっぽい。あまり興味がなかったが、割と短期間で自民党から実権を奪った「維新の会」とはどんな組織なのか?一体どんな歴史で、どんな団体と利害関係があり、どんな力学が働いているのか、近いうちに調べてみようと思う。闇雲に批判をして敵視しているだけでは何も理解が進まない。数字から判断すると、すぐ

      • わるいことしたい。

        わるいことの魅力は、自らの心の中に「わるいことだから」という思いがあるからなのか。背徳の魅惑があるからなのか。 それとも本質的には「わるい」ことなどでは決して無いのだけれど、現社会的な規定において、たまたま「わるいこと」に成っているだけの事なので、自らの魂が求める本質の証明、告発とも言うべき衝動なのだろうか。 とにかく私にとっては「わるいこと」を企てたり、想像したりすることが、物心ついた頃からやめられない甘美なことである。が、情けないことに実行する強さが無い。 それを実

        • 大阪弁

          大阪弁の「あんなー」は、関東での「あのね」や「あのさぁ」なのだろうけれど、同じ意味でも使われ方に微妙な違いがあるような気がする。 上司に当たる人が部下に対して「あんなー」と話すことがあっても、逆に部下が上司に「あんなー」とは普通は言えない。その点では「あのね」も「あのさぁ」も同じだろう。 そもそも東京では仕事上の付き合いの人(上司であろうが部下であろうと取引先であろうと)に対して「あのさぁ」なんて普通は言わない(体育会系ブラック企業とかなら言うかもしれないが、、)失礼で、

        記憶と土地

          相撲と女

          相撲の中継を観ていると、前列の良い席に独特の雰囲気がある美女をよく見かける。 名古屋場所の名物として、いかにも夜の街からやってきたような着物姿の美女達がずらりと複数並ぶ景色は有名だ。おそらく名古屋関係のタニマチ、その筋との繋がりがあるのだろう。私が気になるのは名古屋場所の女達とは違って、普通の場所(両国)に単独で観に来ている女である。前列の席はお金を払えば取れるわけではないので、何らかのわけがあるはずである。 そのわけにもいろいろな場合があるのだろうけど、私が勝手に予想す

          大晦日

          世間が騒がしい時ほど、なるべく平穏に静かに過ごしたい思いが強くなる。独りの時間の大切さは、常に誰かが側にいるからこそ強く実感できた。周りが騒がしくても、自分を見つめて自分の声に耳を澄ますことができればいい。惑わされずに独りでいる時間、そこで考え、探す。誰の声も聞かない、何の情報も見ない。自分の目と耳と心だけを頼りにする。そこからしか本当に生まれないような気がする、2020年12月31日でした。

          スナフキンごっこ

          関西で好きな場所も少しずつ出来てきた。 服部緑地は運動場やプールもある大きな公園。関東で例えると、、雰囲気的には駒沢公園や木場公園だろうか。池もあるし、水元公園に近いかもしれない。そこまで広くはないけれど、土地に起伏があるのでぐるっと散歩して回っても立ち位置や角度で景色が違って見える気がして飽きない。空が広い。 関東の公園と大きく違うのは、管理が緩いところだ。「釣り禁止」の看板があるが釣りをしている人も多いし、バーベキューOKエリアもある。小さなテントを張ったり、ハンモッ

          スナフキンごっこ

          剣道での想い出

          小学校低学年から高校の途中まで、10年以上剣道をしていた。 剣道では稽古の始まりと終わり、2回の「黙想」の時間がある。他所の道場へ出稽古に行った時にも稽古の最後には必ずあったので、基本的にどこの道場でも同じことをするのが剣道の作法、決まり事なのだろう。 その稽古場での最高の位にいる師が、独り正面に座り、弟子達はその向かいに整列して正座の状態で並ぶ。 防具は自分の右斜め前の位置に置く(小手を二つ揃えて並べ、その上に面を乗せる)、用意が整うと、弟子の長が「もくそう!」の掛け

          剣道での想い出

          宮本浩次を見て思った。

          二十歳過ぎた頃には、「カッコつけることはカッコ悪い」と感じるようになる人は多いと思うが、 エレファントカシマシの宮本浩次のように「いつまでもカッコつけ続けること」の結果がコメディや道化師のようなの得体の知れない味わい深さまで備わってきている様を見ると、その貫かれた姿勢や生き様に伴う苦痛や苦悩を想像するだけで、ただただ敬服したい気持ちになる。 同じような服装、髪型、キャラクター、、、それらを何年も続けることは難しい。身体的な老化、変化する感受性、時代の移り変わり、取り巻く環

          宮本浩次を見て思った。

          二分の法則

           先日の大阪都構想の選挙も、今日の全世界が行く末を気にしているアメリカ大統領選挙でも、何故だか不思議と結果がほぼ半々になっている。もっと大きな差が出たりするほうが自然な気もするのだが、得てして大きな選挙ほどに、この二分の現象は頻繁に現れる。 何か見えない法則が働いているのではないだろうか。  「すべての事象には陰と陽があり、互いが引き合いつつも反発し合って成り立っているのだ」と、東洋思想で古来から言われている。もしも、互いの力に極端な差があってしまっては、正常な状態(バラ

          二分の法則

          大阪都構想

          つい最近まで東京に住んでいた私は、大阪都構想の前回の選挙の顛末も知らないし、今回の賛否についても強い関心が起きなかった。連日ポストに入れられてくる各陣営のチラシを読んでも、核心(自分なりの理解)は出来なかった。チラシの内容も、相手側の悪い点、それに比べて自分達の主張の正しさばかりを主張しているので、言葉に説得力がなく、非常に幼稚、民衆を馬鹿にしているような気がした。全く信用が出来ない。自らの弱みや反省点を顧みない人間の言葉なんて信じられないし、そもそも政治決定に裏心や野心が無

          大阪都構想

          IKEA

          IKEAに行ったら激混み。大阪の大正区は、不思議なノスタルジーを感じるような街であった。起伏がなく平坦で、人が少ない。 関東と大阪のIKEAに大きな違いは感じられなかったが、レストランスペースが東京よりも広いような気がした。やはり「食」が大好きな大阪仕様なのだろうか。 大人の家具スペースが終わって子供向けの家具のスペースに行くと、雑なデザインのぬいぐるみがガバッと大量に入れられた鈍器、家具のサイズ感やカラフルさに和む。 もしも人間のサイズが2分の1になって大人に成長して

          原付バイクの旅(東京から大阪)

          体力が持つかどうか心配で前日の夜はなかなか眠れなかった。このまま眠れずに朝方の出発をしてしまうと道中は寝不足でツライ事になりそうなので、いっそのこと深夜に出発してしまって、宿に早めに入る計画に変更した。夜なら涼しいし、車も少ないから良いだろうと。気がはやり12時頃!に葛飾区の自宅を出発した。折角だから、最も東京らしさを感じる皇居のお堀や官公庁のある通り、東京で一番好きな街の神保町を通った。東京は深夜でも歩いている人が沢山いた。至るところで道路工事をしていた。深夜に働く人(道路

          原付バイクの旅(東京から大阪)

          苦別

           引越しは何度も経験しているが、ここまで深く感傷的になったのは初めてだ。私はこの部屋にそれほどの強い愛着はあったのだろうか、それとも別の原因なのだろうか。片付けの最中、ふと見上げた天井の板目、歪な壁、傷だらけの柱、周囲に音、あらゆるものから色々な感情が襲ってきて引越し作業が捗らない。そもそも私は片付けが大の苦手だ。いらないモノ、いるモノの判断が瞬時に出来ない。どれも必要な気もするし、捨てたくはないし、同じ空間を過ごした全てのモノに私と魂と魂の繋がりがあるような気がする。しんど

          大阪は礼金が高い。

          賃貸物件を借りる時、東京に比べて大阪は「礼金」が高い。 敷金は戻ってくることもあるし補償金のようなものなので仕方がないと割り切れるが、何故に何か月分も礼金を大家に払わなくてはならないのだろうか。日本が「礼」を重んじる文化なのは分かる、しかしこの礼の中身は金だ、借主にとって悪礼でしかない。 需要と供給の関係で、礼金が高ければ借り手も見つかり難くなるだろうし、人口減少で空き家だらけになる今後は下がっていくのだろうが、、。 借りる側には嫌味でしかないこの慣習は、いつ頃から出来た

          大阪は礼金が高い。

          安倍総理が辞任

          安倍内閣時代は、とにかく株価が高かった。数字にして2倍である。 誰もが「これでいいのか?」と不思議に感じつつも、数字はそのまま現金に変わるので、経済界は莫大な恩恵を受けていただろう。 実体経済と株価は違うとよく言われるが、株価は国家がその気になれば操作できるのだと思い知らされた。でもツケは必ずいつか返さなくてはならないのだろう。 今の日本の(日本だけでなく世界の)圧倒的な力を持つ価値観や原動力は、とにかく金である。悲しくも金で判断される。 いろんな問題があってもこれだ

          安倍総理が辞任