後書き 母親たちは南西風

↑『母親たちは南西風』バックナンバー

構想段階も入れると延べ1ヵ月に渡り書き続けた「母親たちは南西風」、自身のルーツを探す旅として旅系雑誌である本誌にふさわしいと連載コラムを書くことを決めた。これまでの記事と同様1ヵ月に2本くらいのペースで投稿しようと思っていたが、いざ書いてみると思ったよりもとても楽しく時には1週間に2本という石拾い専門雑誌始まって以来のペースでの投稿となった。

私が遺伝子検査をしたのは2023年の8月であり、検査結果を知ったのは同年9月だった。1度トラブルがあって再検査となったものの、2度目の検査で無事ルーツが判明した。なぜ検査結果を知ってからコラムを書くまでこんなに時間が開いたかというと、自分が遺伝子検査をしたことを家族に言えないままでいたからである。コラムの中でも言及したが、遺伝子は自分1人だけのことではない。とりわけミトコンドリアDNAは母系に関することなので私のハプログループはそのまま母や姉、伯母、祖母、曽祖母にも当てはまる。彼女たちはこの連載コラムを知らないからこれを読んでどう思うかはわからないが、少なくとも母と姉に関しては遺伝子検査の結果についてはおもしろがって受け止めていたように思えた。彼女たちが肯定的なのであれば私はそれをもっと公にしても良いのではないかと考えた。すでにX(旧Twitter)では自分のハプログループを公表していたし、それが少ないフォロワーの目に数秒間触れただけだったとしても、全世界に向けて公言したことに変わりはない。それならば徹底的に自分のハプログループを調べ上げてひとつの表現にするのが良いのではないか。家族に遺伝子検査を受けたことを打ち明けてからすぐにコラムのアイデアが湧いた。

この冬は体調がおもわしくなく1日中横になっていることも珍しくなかったが、このコラムを書くときは夜明け前までキーボードを叩いていたこともあった。書くことも楽しいが調べることも楽しい。この連載コラムにルーツを知る以外の収穫があったとすれば、科学ジャーナルに数多く接したことにより科学者たちがどのように実験の概要や過程、結果を人に知らせるのかの一端に触れられたことである。科学ジャーナルにはどうも型があるらしく、その型を統一することによって読み手にまずその文章のスタイルを考えさせる手間を省く。芸術家の文章には多くの場合に型がないのでその作家が何を言いたいのか探るのに時間がかかるし、結局何を言いたいのかわからない時もある(「多くの場合」としたのは型はしかし存在するからである)。
表現者の言いたいことが相手に伝わらないのは表現を司る者としていかがなものかとずっと思っていたので、科学ジャーナルを読むことで相手に伝える方法の一例を知り大変勉強になった。

また、この連載コラムを書くにあたり関連する本を4冊読んだ。遺伝子関連の本をそんなに読むなんてなんと熱心なことか思う人もいるかもしれないが、どれも一般向けの平易な内容なので大変すらすらと読めた。興味も手伝いいつもは遅読であるのにある本はほとんど1日で読了したほどだった。コラムの中でも再三書いたが、人間の遺伝子はまだ研究中の分野なのでこれからも目を見張る新発見が出てくることを期待している。今回参考にした本や論文も数年後にはもっと古いものになっている。私は表現者なのでコラムの表現がその時まだ耐えられるものであればそれで満足なのだが、数年後に新たな研究成果が出てきた時にこちらもまた新たな表現を持って返すことができればこの上ない喜びである。願わくばその時には女の子でも男の子でも私のミトコンドリア遺伝子型のZを継ぐものが誕生しており、いつかその子らが自身のルーツに興味を持つようになっていてほしい。

非常に残念なのは、2024年3月1日に『ドラゴンボール』の作者である鳥山明さんが亡くなったことである。第3回のコラムはドラゴンボールをメインに取り入れた文章構成にしたので訃報は大きな衝撃だった。物心ついた時からアニメを見、単行本を読み、映画に行き、わずかながらカードダスを集め、少女時代ドラゴンボールに興奮と感動を覚えたクリエイターとして、心よりご冥福をお祈り申し上げる。鳥山さんは名古屋に住みながらドラゴンボールを執筆していたことを思い出す。私のルーツは愛知に縁している可能性がある。訃報とルーツが頭の中でざっくり混ざる。


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