マガジンのカバー画像

短編小説『綾の果てまで』

8
短編小説です。 陽が沈む間近の海辺を歩いてる感覚になる関係の男女。 引き寄せ合うことも離れることもない距離感で、一度だけ交わった。多分。それも錯覚かもしれない。 歳を重ねるご…
運営しているクリエイター

記事一覧

短編小説『綾の果てまで』⑧

短編小説『綾の果てまで』⑧

彼がよく行く本屋さんに案内してもらう。
自動ドアが開いて足を踏み入れたら、本屋独特の少し埃が混ざっているような紙の匂いがした。

学生の頃から印刷物の匂いが好きだったから、本屋の匂いだけでもワクワクしてくる。

『とりあえず1時間くらい別行動しようか。1時間後にこの入口前集合ね。ここ2階もあるからすごく楽しめると思う』と彼と「またあとでね」と交わして一旦離れた。

彼にどの本を渡そうかと、スマート

もっとみる
短編小説『綾の果てまで』⑦

短編小説『綾の果てまで』⑦

あの日から2ヶ月後、私はまた大阪の地にいた。

前と同じ出張がてらだけど。
今回も2泊3日。有給を使って一泊延ばしてもらった。

2ヶ月離れていただけなのに、見たことある景色に時間が経っていることを忘れてしまう。

恋人とはあれからぎくしゃくして、お互い核心を隠したままダラダラと付き合っている。
恋人は何も悪くはない。頼りにもなるし何かあれば引っ張ってくれる。
優柔不断で片付けが苦手な私を優しく受

もっとみる
短編小説『綾の果てまで』⑥

短編小説『綾の果てまで』⑥

あっという間の3日間。
私は今空港にいる。

あと30分もすれば保安検査場を通らないといけない。

彼は仕事終わりに来ると言っていた。
でもまだ連絡がない。

昨日はそのままホテルまで送ってもらって、彼は手を振り、背を向けて帰っていった。
何も誘う隙すら見せてくれなかった。

楽しかったありがとうと伝えた後、軽くやりとりをしてそのまま寝落ちした。

朝起きると、少しだけ見慣れた壁が広がっていて、彼

もっとみる
短編小説『綾の果てまで』⑤

短編小説『綾の果てまで』⑤

少し歩いて細い路地に入ると、お店が立ち並んでいた。
沢山の店からお好み焼きのソースの香ばしさが漂ってくる。

『俺がいつも大学の時に食べていたお好み焼き屋に行こう』と彼に着いていくと、赤い暖簾が目立つ建物が見えた。

店内に入ると、壁に色んな落書きが描かれたメモ帳がビッシリと貼られていた。私たちは目の前で焼いてくれるカウンター席に案内された。

「何かおすすめある?」と聞くと、『モダン焼きが美味し

もっとみる
短編小説『綾の果てまで』④

短編小説『綾の果てまで』④

何も考えずに道頓堀を出てずっと歩いていると落ち着きのある商店街が見えてきた。

「ここはどこになるの?」と聞くと、『心斎橋だよ』と返事が来た。

マップを見るとかなりの距離を歩いていることを知る。
時間の制限もないから、帰りのことを気にしなくてもいいのが旅行の醍醐味だ。

『あ、結構な距離歩いているけど足痛くなってない?俺歩くの苦じゃないし、この距離くらい平気だから気が付かなかったけど』

「うう

もっとみる
短編小説『綾の果てまで』③

短編小説『綾の果てまで』③

道頓堀を進んでいくと、あらゆる所にたこ焼きのお店が並んでいた。

どのお店にも人集りが出来ていて、どこのたこ焼きを食べようか迷っていた。

「ねぇ、おすすめのお店ってある?」と彼の顔を見ると、じゃあ最初は王道を味わえるお店に行こうと提案してくれた。

そのお店の前に着くと、周りのお店よりも行列が出来ていた。

最後尾に2人揃って並ぶ。
20分くらいは待つことになりそうだ。

『まさか大阪で一緒にた

もっとみる
短編小説『綾の果てまで』②

短編小説『綾の果てまで』②

ちょっとはしゃぎすぎかなと鏡を見る。

久しぶりに髪も巻いて、ヘアも整えると気分が上がってきた。

部屋の鍵を閉めてホテルを出た。

一人で歩く大阪駅は思った以上に迷子になって、マップを開いてもよく分からない。

迷子だと男に告げると、『うめきた公園にきて』と返事が来た。
大きな緑のクマが目印らしい。クマが見えたら電話して欲しいと。

経路を変えると遠くから緑の物体が見えてきた。
近づくとクマが座

もっとみる
短編小説『綾の果てまで』①

短編小説『綾の果てまで』①

『新郎新婦のご入場です』と、会場内がわぁっと輝き出す。

向日葵を散りばめているようなカクテルドレスを着た新婦からは幸せが滲み出ている。

その隣で、微笑んで新婦の腰に手を当てる新郎もどこか恥ずかしさが出ている。

この男に会うのは今日で3回目。
新婦のことは初めて見ることになる。

いや、写真で1度は見たけど髪が長いな、としか印象がなくて顔なんてちっとも覚えていない。

嫌がらせで真っ白なドレス

もっとみる