短編小説『綾の果てまで』③
道頓堀を進んでいくと、あらゆる所にたこ焼きのお店が並んでいた。
どのお店にも人集りが出来ていて、どこのたこ焼きを食べようか迷っていた。
「ねぇ、おすすめのお店ってある?」と彼の顔を見ると、じゃあ最初は王道を味わえるお店に行こうと提案してくれた。
そのお店の前に着くと、周りのお店よりも行列が出来ていた。
最後尾に2人揃って並ぶ。
20分くらいは待つことになりそうだ。
『まさか大阪で一緒にたこ焼き食べられるとは思わなかったよ』と彼は屈託のない笑顔で話してきた。
「本当にね、想像してなかったよ」
『いつもは活字でのやり取りで、それも楽しかったけどこうやって面と向かって話すのっていつもより特別感増すよね』
そうだね、と答えて、彼が隣に並ぶとやっぱり緊張して淡白な答えになってしまう。
彼とは今日しか一緒に過ごせないのに。
それでも彼は私にたくさん話をしてくれた。
最近は忙しくて読書ができていないとか、いつもは大阪のこのお店で服を買っているとか、彼の日常の一部を覗けた。服を買う姿が想像できて楽しくなる。
かなり並ぶだろうと覚悟をしていたけど、あっという間に自分たちの注文になった。
6個入り、8個入り、10個入りと選べたけれど、他のお店も食べ比べすることになっているから6個入りを2人で半分こする。
タレも何種類かあったけど、まずは王道のソースをかけてもらう。
「いただきます」と、2本の楊枝をたこ焼きに刺す。
お箸で食べる習慣があるから、なかなか上手く食べれない。
やっと掬えたと思って唇に触れた瞬間、「あつっ」と勢いでたこ焼きが楊枝から離れてしまった。
私の食べ方がおかしいのか彼は目の前で笑いを堪えていた。
彼に楊枝の使い方を見本にひとつ食べてもらった。
たこ焼きが熱くて、反射的に顔を空へ向けて手を口に添えていた。
そういえば、この人の手は綺麗だったと思い出す。
何かの拍子に手が映りこんだ写真を送ってもらった時、メインよりも手に目が惹かれてしまったのを覚えている。
間近で見ると写真よりも異様な色気があった。
見蕩れていると、『食べてみなよ』と私の前にたこ焼きを差し出した。
周りから見たらカップルが食べ合いっこしていると思われるだろう。
口を小さく開いて、たこ焼きを齧る。
屋台のたこ焼きとは違って、カリッとしていて噛み切るのに少し力がいる。
中からは大ぶりのたこ焼きが顔を出していて、見た目からでもプリっとした食感だと分かった。
二口目で、残りを口の中に入れる。
中はまだ熱くて、舌を火傷しそうになったけれどコリコリっとした蛸を噛み締める度に、たこ焼きの温度が下がってきて、やっとゆっくりと味わうことができた。
蛸の周りの生地もとろとろで、後味の紅しょうがが効いている。
口の周りにタレがついていたら恥ずかしいので、手で隠すように「おいしい」と声を出す。
『でしょう?ここのは結構昔からあってずっと人気なんだよね』と自慢げに彼は答える。
数分も経つと、食べやすい温度になっていて私と彼は残りの4つを食べ終えた。
他にも探していると、たこ焼きが海老せんに挟まれた写真が目に入って「これ食べたい!」と彼の手を引く。
突然引っ張ったから「うぉ」と変な声が聞こえた。
お会計をして2つを受け取る。
初めて見るスタイルに私は高揚した。
海老せんとたこ焼きの相性は抜群で、タレがソースでない分あっさりとしていた。
店主の人は『うちのは出汁がきいているからさっぱりとした後味だよ』と教えてくれた。
『おいしいね』と笑いあった後、 ふと見た彼と視線が交差した気がして目を逸らしてしまう。
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