短編小説『綾の果てまで』⑤
少し歩いて細い路地に入ると、お店が立ち並んでいた。
沢山の店からお好み焼きのソースの香ばしさが漂ってくる。
『俺がいつも大学の時に食べていたお好み焼き屋に行こう』と彼に着いていくと、赤い暖簾が目立つ建物が見えた。
店内に入ると、壁に色んな落書きが描かれたメモ帳がビッシリと貼られていた。私たちは目の前で焼いてくれるカウンター席に案内された。
「何かおすすめある?」と聞くと、『モダン焼きが美味しいよ』と目の前にいた少し恰幅のある年配の店主が教えてくれた。
「じゃあそれでお願いします」
『俺もそれでお願いします』
はいよーと目の前で作られていく様を見ていると横から『今日は楽しかった?』と彼がこっちを向いた。
「うん、めちゃくちゃ楽しかった。たこ焼きも夜景も何もかもが楽しかった」
『満足いただけたならよかった。最初は俺緊張していたんだけどバレていなかったかな』
そんなことないよと彼に向かって伝えると、彼の肩と私の肩の距離がぐんと近くに感じて、また目を逸らす。
『明日は何時の飛行機に乗るの?』
まだ明日の話なんてしたくないのに。
「14時25分の飛行機に乗るよ」
『明日、午後に有給取って見送るよ』
えっ?と顔を上げて彼を見ると、優しげな彼の目の中に私が居た。
『だめかな?』
ダメなんかじゃないと私は顔を横に振り、「嬉しい」の言葉を発したけど、一呼吸置かないと嬉しくて声が変になりそうだった。
気がつけば目の前には分厚くて生地からほくほくと煙が上がっていた。
突然、ぐぅっとお腹が鳴る。至近距離だから彼に聞こえたかもしれない。
お待たせしましたーと出来立てのもだん焼きが私の前によせられた。
店主が鰹節とソースとマヨネーズをトッピングした状態で仕上げてくれている。
『ここのもだん焼きうまいんだよ』と彼が箸で取り皿に入れながら教えてくれた。
私も見よう見まねで小皿に盛る。
箸で取り分けても中からまだまだ煙が出てくる。
そっと箸で掬い一口食べる。
見た目通り熱かったけど、生地が柔らかくて中には豚と烏賊が入っていた。
麺とソースも程よく絡み合っていて、くどくなく何口でもいける。
「美味しい」と目の前の店主に向けて言うと、『でしょー』と作ってもない横の彼が自慢げにしていた。
『大学からは少し遠かったけど、ここのもだん焼きはいつ食べても安心できるんだよね。実家に帰るとは少し意味が違うけど、何だかほっとするんだ』
このお店が過去の彼を作り上げている一部分なのかと考えたら、その頃に私たちが知り合っていたらどんな名前の関係性になれていたんだろうとifの世界を想像してみる。想像でしかないのに勝手に彼の大学生の姿と私の姿をこの店に投影してしまう。
きっとその頃だと私は読書にも興味なかったから彼とは話しが合わなかっただろうなと笑いそうになる。
あっという間に、もだん焼きを食べ切って、口の中のソースの粘り気を水で一気に流し込む。
「ごちそうさまでした」
お会計をしようとしたら彼に手で阻止された。
『これくらい奢らせて?女の子の前で格好つけさせて。こんなこと言った途端に格好も何もないけどさ』
私はふっと笑って財布を鞄に戻す。会計が終わるのを待った。
「ごちそうさまでした」と中の人に告げて店を出る。
『ホテルまで送るよ。駅まで歩ける?疲れていない?』
疲れていると伝えたら彼はどう反応するだろう。
まだもう少しだけ、少しだけ休憩しない?と言いそうになるのを理性でぐっと堪える。
「疲れていないよ。大丈夫」
それでも気を遣ってくれているのか、少しだけ歩くスピードを遅くしてくれた。
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