短編小説『綾の果てまで』①
『新郎新婦のご入場です』と、会場内がわぁっと輝き出す。
向日葵を散りばめているようなカクテルドレスを着た新婦からは幸せが滲み出ている。
その隣で、微笑んで新婦の腰に手を当てる新郎もどこか恥ずかしさが出ている。
この男に会うのは今日で3回目。
新婦のことは初めて見ることになる。
いや、写真で1度は見たけど髪が長いな、としか印象がなくて顔なんてちっとも覚えていない。
嫌がらせで真っ白なドレスワンピースでも着てやろうかと思ったけど、大人としての理性が若干残っていて淡いピンクのワンピースを選んだ。
そんなことを考えてたなんて目の前の今日1番の主人公達は思うはずがない。
初めて知り合ったのが6年前、SNSでの交流だった。
音楽の趣味が合って連絡先を交換して、時々日常を話す仲だった。
お互い絵を描くのも好きで、空き時間に描いた絵を送りあってみたり、読んだ本の感想を伝えあったり。
福岡と大阪の距離だったから会うこともなく。
「もし会えたら楽しいだろうね」って。
たまにの日常会話がいつの間にか大切な時間に感じた時には「しまった」と思った。
その時期に2泊3日の出張で関西に行くことになった。
どうしてこの時期に、と思ったけど。
出張が決まったと連絡をして1日だけ会う約束を交わした。
29歳にもなって心弾むのを久々に感じて少し緊張した。仕事なのに私は何を楽しみにしているのだろうと。
将来を考える恋人がいるけど、その人とは共有できないことなんてたくさんある。
話しても皮肉すぎだよって笑われたり交わされたりすると、もういいやって彼の前では話さなくなる。
そういう小さなささくれを共有できる男が目の前の新郎だった。
待ちに待った出張の日。
支店の人と情報共有をし、夜には美味しいお好み焼き屋さんを紹介してくれた。
ふわふわとした厚いお好み焼きは、口に入れると熱くて、舌が焼けそうだったけどほくほくとしていてずっしりと重みがあった。
ハイボールとの相性も良くて、二日酔いにならない程度に飲んだ。
ホテルに着いて資料をまとめてシャワーを浴びてベッドにダイブ。
冷たいシーツがお風呂上がりにシンと伝わってきて気持ちよかった。
仕事はその日だけで、後の2日間はたまには観光でも楽しんでとリフレッシュ休暇をもらった。
さっき見た大阪の景色を男に伝える。
『今日はお好み焼き食べたよ』と男に連絡すると、『明日もっと美味しいとこ紹介するから』と返事がきた。
明日の待ち合わせ場所や時間とかを伝え合い、何度かやりとりをするうちに日付が変わろうとしていた。
そろそろ寝ようと思った時に、画面から恋人の名前が表示されて電話がかかってきた。
『声が聞きたくて。仕事お疲れさま』
「ありがとう。今日忙しかったんだ。お土産たくさん買ってくるから待っててね」
『また飛行機の時間分かったら連絡して。空港まで迎えに行くから。明日は観光だっけ?楽しんできてね。』
2回目のありがとうを伝え、電話を切った。
このままだとお酒の影響で顔が浮腫んでしまうと思い、美顔ローラーを動かした。きっと明日は大丈夫だ。
朝起きて軽くシャワーを浴びる。
ドライヤーをして、キャリーを開ける。
大阪に行く前に買った白のシフォンのワンピースを羽織って毛先を軽く巻く。
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