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短編小説『綾の果てまで』⑥

あっという間の3日間。
私は今空港にいる。

あと30分もすれば保安検査場を通らないといけない。

彼は仕事終わりに来ると言っていた。
でもまだ連絡がない。

昨日はそのままホテルまで送ってもらって、彼は手を振り、背を向けて帰っていった。
何も誘う隙すら見せてくれなかった。

楽しかったありがとうと伝えた後、軽くやりとりをしてそのまま寝落ちした。

朝起きると、少しだけ見慣れた壁が広がっていて、彼の部屋じゃなかったことに少しだけ落胆。

空港に着いて喉が渇いたから隣接されたコンビニに行って水を買う。
電子マネーで支払おうとスマホを見ると通知が来ていた。

『着いたよ』と一言。
既読をつけると『今どこにいるの?』ともう一言。

返す前に会計をして、コンビニの場所を告げる。
空港は意外にも広いから彼が間に合うか分からない。
もしかしたら会えずに飛行機に乗るかもしれない。

保安検査場に向かってる時に『あ、いたいた!』と私がキャリーを引きながら歩いていると後ろから声がした。

昨日とは違って、スーツ姿の彼が目の前にいた。

『めっちゃギリギリになってしまった、ごめん!本当はお昼ご飯一緒にって思っていたけど、会社から空港までの距離が思ったよりも遠くて』

走ってきたのか息を切らしていた。
「ううん、まさか来てくれると思わなかった。見送りありがとう」

『当たり前だよ。一人で帰らせたりはしない』

昨日初めて顔を見てから、最後までずっと優しい彼の元を離れるんだと思うと少し寂しくもなったけど、ここは非現実的空間で私の現実は福岡なのだ。

飛行機の中で夢から醒めないといけないのにそれをする勇気が出ない。

私はまだ息が整わない彼に向かって、
「ねぇまた会いたい」と聞こえるか聞こえないかの音量で呟く。

言った後恥ずかしくなって、どうか周りの音に掻き消されていますようにと祈ったけど遅かった。

『会えるよ。絶対。また会おう』と彼が手を出してきた。

何の握手だろうと私も手を差し出す。
ガシッと握手を交わした。その男らしいごつごつした手の中に入ることができなかったことを少し寂しく感じる。

「わざわざ午後休まで取ってくれて本当にありがとう。」

まだまだ話したいことがあるのに刻一刻と時間が迫っている。

『向こう着いたら連絡して。安全に帰ってるか心配になるから』

うんと頷いて手を離した。
「もうそろそろ行かなきゃ。飛行機乗れなくなっちゃう。」

『わかった。またおいで』
ばいばいと手を振って私は保安検査場を潜り抜けた。

後ろを振り向くと小さくなった彼がずっと手を振ってくれていた。私も見えなくなるまでずっと振り返した。

自分の席に着いて恋人に「今から飛行機出るよ」と送って、機内モードにして鞄の中に片した。

定刻通りに飛行機が動き出す。
ごぉぉぉぉんと離陸して落ち着くと、私はすぐ眠りについた。

完全には寝れないけど、どこかでふわふわとした夢心地みたいな感覚だった。まだ大阪での出来事を過去にできない。

目が覚めて窓の外を見ると、見慣れた景色が広がっていて、帰ってきた安堵感と寂しさが一気に込み上げる。

旅行に行って帰りたくないと思っても地元に着くと安心感が出てくるのは何でだろう。
これを彼に問うたらどう返ってくるだろうか。

またメッセージのやり取りで聞いてみよう。

無事に着いたアナウンスが流れて、飛行機からのろのろと降りて荷物を受け取る。

出口に向かうと、いつものぼさっとした髪型で恋人が出迎えてくれていた。

恋人の目の前に行くと『重いだろうから待つよ。』とキャリーを私の手から奪われた。

恋人の背中は長く付き合ってる分、いつ見ても安心するのに、今は違和感しかなかった。

だめだ、私はまだ夢から醒めてない。
さっき『おかえり』と言われたのに、すぐに「ただいま」と返すことができなかった。

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