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短編小説『綾の果てまで』④

何も考えずに道頓堀を出てずっと歩いていると落ち着きのある商店街が見えてきた。

「ここはどこになるの?」と聞くと、『心斎橋だよ』と返事が来た。

マップを見るとかなりの距離を歩いていることを知る。
時間の制限もないから、帰りのことを気にしなくてもいいのが旅行の醍醐味だ。

『あ、結構な距離歩いているけど足痛くなってない?俺歩くの苦じゃないし、この距離くらい平気だから気が付かなかったけど』

「ううん、全然。楽しいからどんだけ歩いても疲れないよ」

『もし痛くなったら教えてね。どこかのカフェでゆっくりしよう』

「ねえ、今日って何時まで空いてる?」
携帯の画面を見ると夕方になっていた。
私はまだこの夢から醒めるのには勇気が必要だ。

『今日は1日空けてるよ。お好み焼きは晩御飯にでも一緒にどうかなって思ってたし。』  

また心臓の音が強くなっている。

晩御飯まではまだ少し時間早いので、次の目的地を決めるために、近くのカフェに寄った。

私はレモンティー、彼はアイスコーヒーを頼んだ。

『思ったより時間が沢山あるな。今夜は涼しいから夜景でも見に行く?』

大阪の夜景は初めてだ。
「行きたい!夜景好きだよ!」
勢いで身を乗り出してしまったから、目の前に置いていたレモンティーが倒れそうになって急いで手で守った。

『危ないよ。子供みたい』とまた彼に笑われてしまった。

大阪は喧騒なイメージがあったから、時間が過ぎるのも早いかなと思ったけれど彼とならそんなことがない。

ゆっくりと進んでいくのが心地いいのと共に、時間が進む度に少しづつ私の中で寂しさが重なっていく。

夜景を見るところは梅田スカイビルに決定した。
ここからゆっくり戻っていけば日も沈んでいくだろう。

カフェを出て心斎橋から電車に乗って梅田に向かう。
彼の横で見る景色はずっと忘れてはいけない気がした。

梅田に着くと福岡とは違って駅が脱出ゲームみたいに入り組んでいる。

梅田スカイビルは梅田駅ならかなり離れていた。
ビルが近づくにつれて少し寒くなる。

「今日が終わって欲しくないなあ。楽しすぎた」
『そうだね。明日からは別々の街だ』

少しだけしゅんとした彼に対してずるいと思った。

ビルに着いて切符を買ってエレベーターに乗る。
ぐうぅぅぅんと耳から音が遠ざかっていく。

ポーンと扉が開く。
唾を飲み込んで耳の違和感を消す。

目の前には大阪の夜景が広がっていた。
私は小走りで景色を目指す。

「ねえ!綺麗だよ!」と後ろを振り向くと彼の姿が見当たらなかった。

私が一人でエレベーターを抜け出してしまったからはぐれてしまったらしい。

『こらこら、本当に子供みたいだな』と遠くから彼の声が聞こえてくる。

その声はだんだんと私の元に近づいて『すぐいなくなるから困っちゃうよ』と笑ってくれた。

彼が『もっと綺麗なところあるから』と私の手を引っ張る。

こういう時だから普通に手を繋いでくれてもいいのに。

私は初めての景色だけど、彼の言葉から過去に誰かと来たことを察してしまって拗ねそうになる。

彼に従って歩いていると屋上に着いた。
さっきとは違って壁がなく鮮明に夜景を見れた。髪を靡く風はさらさらと私の彼の間を通っていく。

『綺麗でしょ?どうかな?』
「めちゃくちゃ綺麗。こんな景色見たことがない」

『それならよかった』と言ったところで会話は途切れた。

梅田スカイビルを出るまで、私たちは一言を言葉を交わさなかった。

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