短編小説『綾の果てまで』②
ちょっとはしゃぎすぎかなと鏡を見る。
久しぶりに髪も巻いて、ヘアも整えると気分が上がってきた。
部屋の鍵を閉めてホテルを出た。
一人で歩く大阪駅は思った以上に迷子になって、マップを開いてもよく分からない。
迷子だと男に告げると、『うめきた公園にきて』と返事が来た。
大きな緑のクマが目印らしい。クマが見えたら電話して欲しいと。
経路を変えると遠くから緑の物体が見えてきた。
近づくとクマが座って寛いでいる。
あのクマには名前ついているのだろうかとぼんやり考える。
電話をかけようとすると、そういえば通話すること自体が初めてで声を聞くのも初めてだ。今日は何もかもが初めての日になると気がついた。
「おはよう。着いてる?」
一瞬だけしんと沈黙があってから相手の声が聞こえた。
『おはよ。着いたよ。どこにいる?』
思ったよりもガサついている声に男らしさを感じてしまう。
『今大きく手を振るから気づいてね、じゃないと周りから変な人に見えるから』と笑いながら話す男の笑顔を想像した。
「わかった、手を振って。私は白色のワンピース着ているよ」と、男の姿を探す。
ふらふらと周りの人を見渡す。
それらしき人がまだ見つからなくて、ゆっくりと歩いて探す。
電話越しに『あ!見つけた!』と聞こえてくるのと同時に目の前に手をブンブン振ってる男が居た。
私の頭ひとつ分は高くて、近づくと思ったより背が高すぎて少し怯えた。
『初めまして。ようこそ大阪へ』とくしゃっとした笑顔を向けられて、一瞬だけ眩暈がした。
聞いていない。こんなにも色気を放つ男だなんて。
「初めまして。ちょっとだけ緊張してるかも」と声を出すので精一杯。
いい歳して何をしてるんだか。
『初めてだもんね。仕方ないさ。とりあえずお腹空いてない?』
「朝ごはん食べてないからもうぺこぺこかも」
『よし、じゃあおすすめのお好み焼きでも紹介しようか思ったけど、よかったら道頓堀行かない?』
道頓堀といえば橋の上に人がわんさかいて、その目の前にグリコの手を上げた看板があるところかと記憶を辿る。
行きたいと頷いて、彼の半歩後ろから着いていく。
「そんなに緊張しなくてもいいのに。隣歩いてよ」
恥ずかしいなと思いながら、私は従って彼の横に立った。
さっきまで迷っていた大阪駅でさえ、彼に任せたら一本の道を歩いているかのようにすいすいと進めた。
電車の中では、あまりの近さに自分の香水の匂いがきつくないか少し気になったのと同時に、彼の香水の匂いが自分にうつる気配を感じて、顔を背けてしまった。
なんば駅に着いて数分歩くと道頓堀に着いた。
目の前には人だかりができていて、みんなカメラを構えている。
何かと目を凝らすと色がたくさんの看板とビルが佇んでいた。
「すごい!よくテレビで観る観光地だ!」とグリコの看板を見てはしゃいだ。
私は嬉しくなって鞄からスマートホンを取り出す。
『もうちょっと近くに行って写真を撮ろう』と彼に手首を掴まれて人混みを進んでいく。
側から見たらどんな関係なんだろうと、少女漫画みたいな独り言を呟きそうになる。
良い感じに撮れそうな場所を見つけて、何枚か景色を撮る。
私は勇気を出して「せっかくだからツーショ撮りたい」とお願いすると、彼は『いいよ』と自分のスマホを内カメにして一枚撮った。
『今日初めて見る笑顔だ』と言われて、私は道頓堀にきてやっと緊張が解れたんだと実感する。
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