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短編小説『綾の果てまで』⑧

彼がよく行く本屋さんに案内してもらう。
自動ドアが開いて足を踏み入れたら、本屋独特の少し埃が混ざっているような紙の匂いがした。

学生の頃から印刷物の匂いが好きだったから、本屋の匂いだけでもワクワクしてくる。

『とりあえず1時間くらい別行動しようか。1時間後にこの入口前集合ね。ここ2階もあるからすごく楽しめると思う』と彼と「またあとでね」と交わして一旦離れた。

彼にどの本を渡そうかと、スマートフォンを出して自分のSNSを開く。

私は趣味で「読書記録用」のアカウントを持っている。
読んだ本を写真と感想を添えて不定期で投稿している。

ある程度は反応も貰えるし、相互フォローの人も読書記録の人が多くてそこから情報をもらうこともある。

スクロールして探してみると、ある1冊が止まった。
もしかしたら彼も読んでいる可能性が高いけど。

学生向けのようで、大人でも大切なことを改めて考えさせてくれる作品だ。

本を手に取って左右を見渡す。
もし今、彼とすれ違ったら私が何を持っているかバレてしまう。
私は先にその本だけを持ってレジに向かった。
ブックカバーを付けてもらって大切にその本を受け取った。

残りは20分弱。
まだ彼の姿を一度も見ていない。
私は2階に上がって、自分用の本を見ることにした。

服やと違って、本はどのお店でも売れ筋だったり、ある賞の作品だったりほとんど同じ雰囲気だけど、稀に店員さんの手書きのポップとかを見つけた時はそのお店の個性に触れた気がして楽しくなる。

そろそろ約束の時間が近づいたので、最初の場所に戻る。
先に彼が待っていた。彼が持っている本にもブックカバーが付いていた。

「お待たせしました。どこかお店に入ってから交換する?」

彼が「そうだね」と言い、二人で本屋さんから徒歩で行けるチェーンのカフェに入った。

人数を告げると『お好きな席にどうぞ』と適当に席を探す。
窓辺にはカウンター席になっていて、そこに座ることにした。

アイスコーヒーを注文して本題に入る。

鞄から本を出してカバーをしたまま彼に渡す。
「私はこの本にしました。」
『俺はこの本で』

二人で交換し合い、ブックカバーを外そうとした時にアイスコーヒーが運ばれてきた。

お礼を伝えて、添えられているミルクとシロップを入れる。
コーヒーを頼んだ割にはコーヒーを飲むのが苦手でどっちかというと紅茶が好きだけど、なんとなくコーヒーにした。
ミルクとシロップを入れて一口飲む。やっぱり少し苦かった。

苦味が残る中で、ブックカバーを外そうとすると、『あれ?』と先に彼が発した。
『交換したよね?あれ?』と顔の前に本を持っている。

何事かと思って恐る恐るカバーから本を外すと『星の王子さま』が出てきた。

「あれれ?」と私も変な声が出る。
『ちょっと待って』と彼が笑い出す。
『二人とも同じ本じゃん。まさか星の王子さまとは思わなかったよ』

あんなに広い本屋さんで二人が同じ『星の王子さま』を選んで交換し合うとは。

「偶然が過ぎるね」と私も笑う。
「でも、実は『星の王子さま』読んだことあるし、今でも本棚にある」
家にある本棚を思い出しながら話すと、彼も『俺もだよ』とまた笑った。

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