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創作小説

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創作と書いておけば、何を書いても良いのではないかと思いまして
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#恋愛

いつか、またいつかの話 / 創作

いつか、またいつかの話 / 創作

在りし日に君が教えてくれた、潰れた駄菓子屋の名前を思い出せないままでいる。" 思い出せない " ということのみを、突として思い出す。それは三文字であったような気もすれば四文字であったような気もするけれど、正直なところその名が明らかにならなくても構わない。いや、寧ろ明らかにならないまま終わる方が良いのかもしれない。仮に私が思い出したとしても、そう遠くないうちにその建物はビル風に呑まれて更地になってし

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ふたりで痛い ふたりが痛い / 創作

ふたりで痛い ふたりが痛い / 創作

普段は明らかに 薄い と思いながら飲むファミレスの珈琲も、想いを寄せている人と飲むとなればまた別の話で、ドリンクバーが特別だと思うのもこの瞬間だけだと思う。一杯目の珈琲が飲み終わったタイミングを見計らい、首を伸ばした彼女は黙って長い指をドリンクコーナーに向けた。「持ってこようか?」という誘いを断ってわざわざ二人で取りに行くことを選んだのは、その僅かな時間すら離れることが勿体無いと感じる私のわがまま

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青 / 創作

青 / 創作

「悪い男に引っかかっちゃっただけで、そんなの忘れれば良くてさ」と言いながらストローで空間をなぞる友人の、グラスの中の氷が溶けている。溶けた氷が随分と厚い層を作ってミルクティーの上に漂っているのを見ていると、自然と目頭が熱くなった。僅か数ミリに満たない上澄みの色が冬晴れの空の色を反射している。それはまるで、彼と行った海によく似ている。若い、青。
私の手元にあるアイスコーヒーも、すっかり薄まって色が褪

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余熱 / 創作

余熱 / 創作

西向きの窓、カーテンの隙間から月の光が入る、極めて中途半端な時間に布団に潜る。夏も終わりを告げた涼しい夜、開け放しの窓にピタリと閉まった網戸、風の揺れも手伝ってカーテンが踊る度、天井の青色がふらふらと流れる。午前3時、月が南中を越えて部屋に光を投げ掛けるのはいつもこの時間だった。早く起きて洗濯物を干しても、昼のうちは太陽を見ることが出来ないから、夕刻が近付いた頃にふらりと降りてくる太陽を、洗濯物を

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