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【小説1】麻子、逃げるなら今だ‼︎〜元日〜


【あらすじ】

専業主婦の前田麻子はサラリーマンの夫、3人の子ども由美•修•進との5人家族。
夫とは恋愛結婚だが夫に従ってきたつもり。
出張が多く不在がちの夫、面倒くさいことが何より嫌いな3人の子ども達。
経済観念が薄く途中で投げ出す癖がある夫が、突然退職して自営すると言い出す。
人生の半ばを迎え、これからの生活や自分の人生に疑問を持ち始め、経済的な自立を目標に初めての就活に奔走する。
行き着いた職場はパワハラの巣窟であった。
理不尽に立ち向かい心折れそうになりながらも自らの手でライフステージを切り開こうともがく麻子の成長お仕事物語。


全話収録⤵️

前日譚•原案•ノンフィクションです⤵️



1.元日

 「何だ、せっかく帰って来てやったのに」
夫は元日だけを自宅で過ごして翌朝には捨てゼリフを残して主張先へと戻って行った。
はあ、どうしていつもこうなっちゃうんだろう。
そもそも元日に帰って来るなんて全く聞いていなかった。
帰って来てって頼んだ訳でもない。
知っていたらお節料理だってワンプレートじゃなくてお重箱に詰めたし、おつまみだって用意したのに。
 「初詣に行こう」とか「久しぶりに全員揃ったから何処かに連れて行って」とか言えば良かったのか。
由美も修も進も外出だなんて言ったら「面倒くさい。2人で行って来て」と言うだろう。
「元日は子ども向け映画を観てランチ」なんてことが嬉しかった次期もあったのに。

 夫は出張が多い。
どれくらい多いかというと年によって違うけれど300〜320日くらい。
たまに「漁師さんなの?」って訊かれるがただのサラリーマンだ。
全国のデパートの外商と一緒に顧客に営業をしているらしい。
 「らしい」というのは夫の仕事に興味がないから。
「□□資格を取る」「こんな仕事をする」「○○才で☆☆する」と宣言する割には続いたためしがない。
大抵は初期投資だけで終わってしまう。
 興味はないけれど今の仕事は続けてほしいと思ってる。
子どもの頃「亭主元気で留守が良い」っていうCMがあったけどホントにそれ。
この生活に慣れてしまったらもう元には戻れない。
麻子には麻子の生活ペースができている。
子ども達にとっても父親が居ないのが日常なのでことさら寂しがることはない。何と言っても定期的に定額の収入があるのは有難い。
 この状況の中で麻子はよくやってるなと思っている。
毎朝、留守電になっている夫の携帯にメッセージを残す。
「参観日で発表した」とか「先生に褒められた」とか行事の予定とか主に子どもの良いことだけを。
「自分一人で決めてもよいのだろうか」と不安なことや相談したいことを話しても、夫から返事が返って来ることはほぼ100%ない。
 単身赴任の夫から毎日連絡が入るとか、生存確認の為に決めた時間にワン切りすることにしてるなんて聞くと麻子夫婦がおかしいのか、と思わなくもないけれどもう慣れた。
困ったことや愚痴を言っていた時期もあったけれど、出張先で聞く夫の気持ちを考えてやめた。
言ったところで夫が解決してくれる訳でも慰めてくれる訳でもないし。
 夫に期待してないって良くないんじゃないかと心配になるけれど、結婚したことには全然後悔していない。
由美も修も進も麻子の宝物だ。
この3人に会えたのは夫と結婚したからだと思っている。
 だからと言って「帰って来てやった」はないんじゃないかなとも感じる。
夫にとって麻子や子ども達って一体どういう存在なんだろう。
例えば麻子が「洗濯してやった」「食事を準備してやった」「トイレットペーパーを換えてやった」って言ったら夫はどんな反応をするのだろう。
もし夫が「誰のお陰で飯が食えると思ってるんだ」なんて昭和なセリフを言ったら「私が料理をしたからでしょう」って言ってみようか。

 「友だちと初詣に行って来るから」
元々お喋りな子ではなかったけれど中学生になってからの修は口数がめっきり減った。
由美はもっと喋っていた気がする。
男女差というよりは個人差なのか。
 「修、これはねお父さんが働いてくれたお金なんだからね。無駄遣いはしないでね。次にお父さんに会ったときにはちゃんとお礼を言ってね」と軍資金を渡す。
修は返事もせずに
 「高橋の家は親がお年玉くれるって言ってた」と文句を言う。
 「るみちゃんの家もよ」と由美も加勢する。
 「その分毎年おじいちゃんが沢山くれてるじゃないの。今年もきっともらえるわよ」と口に出してしまってから麻子は、はっとした。

 夫が帰宅したのは早朝だったから大晦日の仕事を済ませて夜行バスに乗ったのだろう。
さぞかし疲れていただろうに元日だからと帰宅したのだ。
その割には久しぶりに会う子ども達へのお年玉すら用意していなかった。
連絡がなかったのは、サプライズで帰れば驚き歓迎してもらえるとでも思ったのだろう。
お年玉はともかくとして、もっと麻子達が喜ばなければいけない場面だったのだ、夫にとっては。
 「嬉しい」から喜ぶのではなく「喜ばなければいけない」って何なんだ。
嬉しいふりをしなくちゃいけないって。
どうして夫の機嫌を取らなきゃいけないのだろう。
家事をして育児をしてPTAの委員をして行事に参加して参観にも懇談にも行って呼び出しには駆けつけて時には病院にも連れて行って…
 いくら麻子が 忙しく走り回っても1円の収入にもならないから、収入のある夫の機嫌を麻子が取るのは当たり前のことなのだろうか。
働いている夫が、家族が喜ぶと思って帰って来たのだからお殿様のようにおもてなしをする必要があったのだろうか。
 「まったくお正月から何を考えているんだか」ともやもやを振り払おうとするほどにかつてのあれこれが麻子の頭の中に蘇って来る。

 由美が赤ちゃんだった頃、朝から夫の運転で出かける用事があった。
自分の支度を終えた夫は由美が泣いているのにも知らん顔を決め込んでゲームをしていた。
朝食の洗い物を済ませて着替えたい麻子が由美のオムツ替えを頼んだら
 「そんなの俺が損。昼間も働いてるのに」と麻子とは目も合わさずに拒否したのだ。
麻子は夫より何時間も早く起きて洗濯も調理も授乳もしたというのに。
 修が産まれる何日か前には仔犬を連れて帰って来た。
2才にもならない由美が居て二人目が産まれるというのに誰がどうやって仔犬の世話ができるというのか。
麻子が訊いたときに夫は何と返事をしたのだったか。
 進は上の二人とは年が離れていることもあり、夫は猫可愛がりに可愛がった。
それでも夜泣きをするとうるさそうに
 「おい、いい加減に早く泣き止ませろよ。俺は明日も仕事なんだぞ」と言って背を向けだのだった。
あのときは麻子も泣きたくなった。
私だって明日も育児と家事をするのだ。
 もしかしてこれが倦怠期というものなのだろうか。
夫の突然の帰宅を喜べずに面倒くさいと思ってしまった。
ビジネスホテルでひとり寛ぐ夫の姿を想像すると麻子は思わず身震いに襲われた。
(あらすじ256文字・本文2518文字)

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