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『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』感想 ~ハッとさせられる親子の日常会話~

先日左足首を骨折してしまい、自宅で療養中です(笑)。
身も心もボロボロのはずが、面白い本に出会えたおかげで、楽しく一週間を過ごすことができました。

ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)という本なのですが、Yahoo!ニュース本屋大賞2019のノンフィクション本大賞などを受賞した作品なので、ご存じの方も多いと思います。今年の9月に2巻目が出版されました。

本作の面白さをシェアしたく、私が「面白い!」と思ったところについてまとめてみたいと思います。

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本作はイギリスに住む日本人の著者「母ちゃん」と、アイルランド人の配偶者の間に生まれた思春期の「息子」の日常会話が主なのですが、学校や近所での不条理というミクロな問題から、イギリスや世界共通の社会問題というマクロな問題が浮かび上がるところが面白いです。

この面白さの理由は著者の視点や考察で、起きていることはいたって普通です。
そのため、日本に住む私の身の回りで起こるちょっとした問題にも当てはまると思えます。そしてそこが、深いな…と思うのです。

帯の三浦しをんさんのコメントにも、「これは『異国に暮らすひとたちの話』ではなく、『私たち一人一人の話』だ。」とあるのですが、まさにその通りだと思いました。

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具体的に、私がハッとさせられた母ちゃんと息子の会話を、いくつか引用したいと思います。

まず、息子の友人であるティムは貧しく、同級生たちがティムの万引きを発見し、最初は「あんなことはしちゃいけない」と諭していたのに、最終的に一丸となって暴言・暴力を振るうようになった時のこと。

「一人一人はいい子なのに、みんな別人みたいになって、どこまで行くんだろうって胸がどきどきした」
(中略)
「自分たちが正しいと集団で思い込むと、人間はクレイジーになるからね」
「盗むこともよくないけど、あんな風に勝手に人を有罪と決めて集団で誰かをいじめるのは最低だと思う」
「うん。母ちゃんもそう思う。」
「『あなたたちの中で罪を犯したことのない者だけが、この女に石を投げなさい』と新約聖書のヨハネの福音書でイエスも言っているしね」

私はこの話を読んだ時、SNSやマスク警察について思いを馳せました。
正義は暴走すると「攻撃すること」が目的になってしまうよな…と思いました。

また、人種差別丸出しのハンガリーの美少年と貧しいティムが衝突したときの母ちゃんと息子の会話。


「でも、多様性っていいことなんでしょ?学校でそう教わったけど?」
「うん」
「じゃあ、どうして多様性があるとややこしくなるの」
「多様性ってやつは物事をややこしくするし、喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃないほうが楽よ」
「楽じゃないものが、どうしていいの?」
「楽ばっかりしてると、無知になるから」

もし自分に子どもがいて同じことを聞かれたら、「多様性は大変だけど、無知を減らすからいいこと」なんて答えられないな、と脱帽しました。

最後にシティズンシップ・エデュケーション(「政治教育」、「公民教育」、「市民教育」)の試験の『エンパシーとは何か』という問題に、息子が何て答えたかという話で。

「自分で誰かの靴を履いてみること、って書いた」

エンパシーは、「自分がその人の立場だったらどうだろうと想像することによって誰かの感情や経験を分かち合う能力」だそう。
混同されがちなシンパシーは、「かわいそうな立場の人や問題を抱えた人、自分と似たような意見を持っている人々に対して人間が抱く感情」だそうで、エンパシーとの違いは努力して抱く感情かどうかだと私は解釈しました。

今回左足首を骨折し松葉杖で外を歩いたことで、サクサク歩けないストレス、周囲からの視線、信号が変わる早さ、段差の多さ、人のやさしさや逆に気づけない人のダサさに気づき、杖をついた年配の方の生活はこんな感じなのかな…と思いました。
完全に同じ立場になることは難しくても、置き換えられる経験は誰かしらあるので、みんなが想像力を持って生きられれば、もっと生きやすい世の中になるのにな、と思いました。

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また、本作を読み終えると、イギリスの緊縮財政(※)のリアルを知ることができます。
※2010年に誕生したキャメロン政権は、財政赤字削減の公約を実行する単に福祉予算などを大幅に削減し、貧困層の生活状況がより悪化することになった。

バス代がなくて学校に来られなくなった遠方の子のために定期代を払った教員の話、素行不良の生徒を家庭訪問した教員がその家に全く食べ物がなかったことに気づいてスーパーで家族全員のための食料を買った話、ソファで寝ている生徒のために教員たちがカンパし合ってマットレスを買った話。仕事を探している移民の母親たちのために履歴書の書き方講座を開いた教員や、移民局との間に立って移民の家族の代わりに手紙を書いたり、電話で抗議したりしている教員もいるという。
貧困地域にある中学校の教員は、今やこんな仕事までしているのだ。
この国の緊縮財政は教育者をソーシャルワーカーにしてしまった。

「中学の先生がそこまで…」とショックを受けたのですが、日本もいつかこうなる可能性もあるし、私の周りが恵まれているだけで、同じような人は日本にもいるのかもしれない、と思いました。

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私は本作を読み終えて、世界が広がり、気づくことが多くなったように思います。もっとたくさんの方に読んでほしいと思える本でした。
ブレイディみかこさん、素敵な人だなぁ。『アナキズム・イン・ザ・UK――壊れた英国とパンク保育士奮闘記』という本も良いらしいので、今度はそちらを読んでみたいと思います。
あと骨折早く治れ!!!

#読書の秋2021

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