見出し画像

俯瞰できる残酷さ

堀潤監督のドキュメント映画「わたしは分断を許さない」を観た。この作品を最初に観たのは東中野の「ポレポレ」で、初日公開日だった。そしてコロナウイルスの感染拡大に伴い3か月の自粛期間を経て、再上映となったのだが、初めてこの作品を観た時は、まさか次に観る時までに30万もの人々がコロナで命を落とす世界になっていようとは、想像もしなかった。この作品は世界と自分を結びつけてくれた。ふだん遠い国だと思っていた場所を身近に、そして身近な場所で起きている問題が、世界の遠くの場所へと繋がっていることに気づかせてくれる。ウイルスの感染に国境がないように、この作品もカメラの力を借りて国境を越えていた。

福島、沖縄、北朝鮮、カンボジア、シリア、パレスチナ、香港。私たちは国境を軽々と越えて、世界中を旅することができる。それぞれの場所で悲しみや絶望と向き合っている人々にカメラは向けられるのだが、すべての場面において優しい眼差しを感じ取ることができた。カメラに映すという行為そのものが、これほど監督の想いを表現できるものだということを、私は初めて知ったような気がした。

監督のカメラを通じて、私たち視聴者は神の目線を獲得する。パレスチナへもシリアへもカンボジアへも北朝鮮へも自由自在に飛んでいくことができ、各地の人々の悩みの中に一緒に身を置いたような気持ちになれるからだ。そこで気づいたことは、パレスチナの人々が抱える絶望も、福島の人々が抱く不安や怒りも、カンボジアの人々が感じる漠然とした無力感も、そして沖縄の人々の忍耐強さも、じつは互いによく似ているのではないか?ということだった。世界のあちこちで、人はじつは似たような苦悩に直面している。けれども、物理的に遠く離れているせいで、互いの悩みに気づくことがないし、それどころか互いの存在さえ知ることもできない。

私は映画館の座り心地の良い椅子に深くもたれながら、カメラはなんと残酷なのだろうと思った。世界のそれぞれの場所で繰り広げられる、難民キャンプの風景や貧しい農村の様子、香港の命がけのデモや、福島の裁判などを、私は心地よい映画館でそれらすべてを俯瞰しているのだ。彼らの苦難に通じ合う部分が多いことも、互いに知り合えないもどかしさも、客観的に眺めることができてしまうカメラというものの全能性に、私は希望と絶望の両方を感じた。

「わたしは分断をゆるさない」は世界の各地で繰り広げられる、巨大な国家権力への抵抗や、テロとの戦いによって生まれた犠牲者や、昔の大戦によって長く尾を引く人々の仲違いや、震災によって傷ついた人々の様子を描いた映画だ。しかし監督の意図とは違って、私は苦難に直面する人々同士の「分断」をこの作品の中に見出した。パレスチナの人々も、シリアの難民キャンプの子供たちも、カンボジアの村の子供も、沖縄で悩むお母さんも、東京入管に不当に拘束されている難民認定申請者たちも、互いの存在を知ることができないが故に、互いの悩みに気づかず、助け合うことも励まし合うこともできない。その「分断」は本当に深くて悲しい。

はたしてカメラは、分断を修復する助けになるのだろうか? 政治は分断を修復する手立てにはならない。むしろ政治のせいで人々は分断してしまった。政治にできないことをできるのが、報道なのだろうか? でも報道は世界を変える第一歩に過ぎないのではないか? 報道は結局は伝えるだけで、何も世界を変えられないのだろうか? 無力であることを自覚しながら、ジャーナリストたちは報道するのだろうか? いや、そんなはずはない…...

簡単には答えの出ない様々な問いが頭の中を駆けめぐりながら、作品を観終えた。映画館を出た時、私は自分でもまったく予想しなかった感覚に包まれていた。踏みしめる両の足裏に強く力が入るような、来た時よりもなんだかしっかり歩けているような気がした。意外だった。上映中は涙を流していたし、悲しくなると思っていた。世界の問題に対して何もできない自分はあまりにも無力だ。問題の深刻さと自分の無力さに、絶望すると思っていた。

しかし根拠なき希望が私の中に湧いていた。完全な無力など、きっとこの世界にはない。何もできない、なんてことはないんだと、そう思えるようになっていた。ちょうど私は小説を出版したばかりだった。福島の30年後を描いた未来小説。私なりに何年も悩んで考えて、向き合って書いてきたものだった。それが福島を世界を変えるなどと、大それたことは思ってないけれど、私も微力ながらも世界と向き合うことを諦めていない。きっと自分は自分が思うよりも、後ろ向きではないのかもしれない。そう思えた。

だから絶望しないで生きていきたい。映画館のスクリーンで世界を俯瞰するだけの観客が勝手に絶望するなんて、作品に登場した人々に失礼だ。「わたしは分断をゆるさない」が拡げてくれた視野と、監督の眼差しに今は感謝しかない。
https://www.amazon.co.jp/dp/4434274775


サポート頂いたお金はコラム執筆のための取材等に使わせて頂きます。ご支援のほどよろしくお願いいたします。