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金剛力士像に祟られた話

僕がまだ小学生だった頃の話だ。

家族に連れられて、近所で催されていた仏像の展覧会に行った。

実家が寺だったこともあり、両親と祖父母は仏像や仏具に関心があった。そのため僕は度々家族に付き合わされ、展示会などの催しに足を運んでいたのだ。

会場には有名な仏像の縮尺模型が多数展示されていた。家族たちは、細部まで緻密に再現された模型をしげしげと眺めながら順路を進んで行く。その後を不機嫌な顔でついて歩く僕。幼い当時の僕にとって、こんな展覧会が魅力的であるはずがなかった。

−−−仏像なんか、家に帰ればいつでも見られるじゃないか。家が寺なんだから。

僕が退屈という、子どもにとって最大級の苦痛を噛み締めながら歩いていると、とある展示品の前で祖父が足を止めた。祖父は感心したように展示品を指差し、その名前を口にした。

「仁王像」

その瞬間、僕の中で何かが爆発した。

体の最奥部から、震えながらせり上がってくる波動。

抑え込もうとしても自身の感情ではどうにもコントロール出来ないそれは、じわじわと俺の体を駆け巡り、噴出した。

僕はけたたましい笑い声を上げて悶絶した。

祖父が口にしたその名前が、幼少期の僕にはこう聞こえたのだ。

「臭うぞう」

静寂の展示室に響く僕の笑い声。怪訝そうにこちらを見る周りの客。周囲の視線に苛まれながら僕を嗜める母。

この場において笑い声をあげるという行為がどれほど相応しくないか、自分でも解っていた。だがどうすることも出来ない。

必死に笑いを堪えようとしても、頭の中で禍々しい顔の金剛力士像が僕を見下ろし告げるのだ。

「臭うぞう」

−−−もう駄目だ。

−−−息が苦しい。

僕は親を急かしつつ足早に順路を駆け抜けた。

やっとの事で展示室から抜け出した頃には、なんとか平静を保てるようになっていた。

息を整えながら、未だ脳裏にちらつく怒りの顔を振り払った。

しかし、恐怖はまだ終わっていなかった。

突如として、腹内で嵐が起こった。

それは邪悪な渦となり、あらゆるものを飲み込んで下って行く。

僕は未だかつて経験したことのないほどの激しい腹痛に襲われた。

トイレに行くことを両親に告げ、僕は一目散に駆け出した。個室に駆け込み鍵を閉め、命のやり取りをするかのような焦燥に苛まれながらズボンを下ろす。腹を押さえ、半泣きになるほどの痛みに耐える中で、ある考えが頭に浮かんだ。

−−−笑ったから、バチが当たったんだ。

頭の良くない小学生男子にそう思い至らしめるにはもってこいのタイミングでの腹痛。再び、先ほど見た鋭い眼光が脳裏を掠めた。

しばらくの間、うずくまって必死に痛みに耐えた。

それからどれほど経っただろう。

腹内に渦巻いていた邪悪な嵐は純白の野に放たれ、清流とともに過ぎ去って行った。

ようやく落ち着きを取り戻し、個室を後にしようとした時、僕は鼻腔に刺激を感じて思わず呟いた。

「臭うぞう」


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