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2023年9月の記事一覧

『生きものたち』 吉田知子

『生きものたち』 吉田知子

6の掌編から成る短い作品『生きものたち』から、「鳥」という一編を紹介したい。

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サラリーマンの岡と妻の末子は結婚して15年。子供はなく、岡の会社から程近いアパートに2人で暮らしていた。
末子は異常がつくほど繊細な性格で、度を超えた人嫌い。デパートもレストランも映画館も嫌いで、唯一の楽しみは、部屋の隅っこで小さくなって刺繍や編みものをすることだ。

ある日、岡が帰宅すると末子の気配がな

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『息』 小池水音

『息』 小池水音

静謐な悲しみがひたひたと満ちた、美しい小説だ。

「わたし」は、十年の間、列車の夢を繰り返し見続けている。
列車の中で、「わたし」は弟の春彦の姿を見つけたり、または隣に春彦が座っていたりするのだが、春彦の存在はとても儚く、その姿はすぐにかき消えてしまう。。。

春彦は、十年前に、自ら命を絶った。
「わたし」も、父も母も、その喪失を消化し、表面上はつつがなく日々を送っている姿をお互いに見せている。

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『人魚とビスケット』 J・M・スコット

『人魚とビスケット』 J・M・スコット

開いた本のページから冒険の世界が、熱気を巻き起こしながら立ち上がり、読み手を引きずりこむ。そんなファンタジー映画のような現象を起こす小説だった。
ただしその冒険は輝くファンタジーからは程遠い、限界極限サバイバルである。

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冒頭は探偵小説のようだ。
人魚とは、ビスケットとは何者か。
語り手である作家が、その謎めいた新聞広告に興味を抱いて書き手とコンタクトを取り、ある過去の出来事を知るに

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『望楼館追想』 エドワード・ケアリー

『望楼館追想』 エドワード・ケアリー

円屋根のある古い大きな建物「望楼館」は、周囲が都会化する中で古色蒼然、陸の孤島だ。
「ぼく」ことフランシス・オームは、この望楼館に、両親と一緒に暮らしている。

望楼館の住人はフランシスを含めて7人。風変わりな彼らは、やがて自分が最後の住人になってしまうことを恐れながら、ひっそりと暮らしている。

フランシスの仕事は、町の中央にある台座の上に全身白ずくめで立ち、彫像のパントマイムをすること。
白ず

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