みんなの「くびれ問題」を知りたい

良い「くびれ」と悪い「くびれ」

コンプレックスの夜

私は男性で、でもとてもくびれていた。体型はやや細いものの平均的なのに、胸下からへそ横にかけてぐっと凹み、そこから腰にかけて同じだけ戻る。ウエストサイズは去年が64センチで、これは十代後半女性より細い数値だった。自分のくびれが嫌いだった。

男性の平均は83センチ。私は平均身長以上あるので、にもかかわらず平均サイズより20センチ細い。なんとかウエイトを増やそうと思いかなり筋トレしたこともある。肩や胸、背中や下半身は太くなったが、やはりウエストはくびれたままだ。むしろ筋肉がついたぶん、くびれが強調されてしまった。

健康診断に行くと、採血のときに「筋肉すごいですね」と言われたり、体重を測るときに「けっこう痩せてますね！」と例年言われるのに、ウエストを測るときだけ看護師さんは必ず押し黙る。触れてはいけないくらいに細いと思われているのだろう。

洋服選びにもとても困る。無造作に白いTシャツを選ぶと、なまじ胸があるものだから、出るところが出ていてウエストがキュッと細いという、いわゆるステレオタイプ的にスタイルが良い女性のようなシルエットになり顔とのバランスがすごく変なのだ。だから吟味して、体のラインができるだけ出ない服を探す。

女の子との好みのタイプの話もすごくビクビクしていた。もしプロレスラーや熊みたいな体系が好きだと言われたら一巻の終わりだった。時折、細い人が好きと言われたときも、嬉しさより安堵というか、赦された気になった。

そんなんだからか、たまにスタイルを褒められることがあっても「受け入れてなるものか！」と攻撃態勢に入っていた。

ーーそんなある夏の夜、まだ付き合っていない女の子とバーのカウンターで話した。女の子はとても背が高く、がっちりとした体型だった。

私はシルエットが出にくい白のTシャツではあったのだけれど、カウンターに両肘をついて背中を丸めていたので洋服が引っ張られシルエットがはっきり出たらしい。女の子に「筋肉ついてるけどウエストがキュッとしてていいね」と言われた。

バレた、と思った。取り繕わないととも思った。そうして、ウエストが細いことを冗談を含んだエピソードを交えて話した。

女の子は「いや、普通にかっこいいと思って褒めたんだよ」と言い、「何がきっかけでそんなにコンプレックスになったの？ いつ誰に言われたの」と聞いてきた。

あれ、いつだろう。記憶を遡っても、全く覚えがなかった。あれれ。もしかせずとも誰からも何も言われていないぞ。

どうにもできない象徴としての「くびれ」

ああでもそうか、と2テンポ遅れてくびれとは関係のない出来事を思い出した。気になりだしたのはあの人と付き合ったあとからだ。

2桁に届くくらい昔、いくつか年上の女の子と長く付き合ったことがあった。その人は年上好きで、でも私のほうが年下だった。その人は職人のようにゴツゴツとした太い指が好きで、でも私は細くつるつるした指だった。

その人は事あるごとに「あおくんが年上だったら良かったのになぁ」とか「指があと3倍太かったらなぁ」などど、どうしようもないことを悪気なく言ってのけた。

年齢に関して私自身は全く気にしていなかったし、細くてつるつるした指は今までむしろ褒められることが多かったのでそこまで嫌ではなかった。ただ多分、長く付き合うなかで「どうにもできないこと」を求められる大変さがしとしとと心に染み込みきったのだろう。そして気にしていないといいつつ、時間をかけ無意識にコツコツ傷ついていたのだと思う。

別れてから、私は誰の目にも留まりやすい、自身のわかりやすくぐっと凹んだくびれを「どうにもできないことの象徴」として無意識に取り扱うようになっていたのだと思う。

それ以来、好きな女の子の外見的な好みも、背が高く体格の良い女の子から、背が低くほっそりとした女の子に変わっていたことに気がついた。単に好みが変わったのではない、背が高く体格が良い女の子に申し訳なさを感じるようになったからだ。

うまくいえないのだけれど、自分のほうが細くてごめん、と思うようになった。いくら筋トレしてもくびれはぐっと凹んだままだから、自分ではもうどうすることもできない。背が低くほっそりした女の子であれば相手をがっかりさせないかも、という防衛本能が深層心理から表面的な考えを組み替えたのだとわかった。

くびれそのものはコンプレックスじゃなかった。原因は思いがけないところにあった。私は今隣りにいる、啓示のような質問をしてくれた、背が高く体格の良い女の子が好きだった。

それぞれの「くびれ問題」

くびれは、完全に個人的な問題だった。年齢と指の太さに（無意識に）傷ついていたから、その代替としての「くびれコンプレックス」が生み出されたのだ。

私の「くびれ」のような話は、たぶん全然めずらしくなんかなくて、皆それぞれの「くびれ問題」を持っているのだろう。みんなの「くびれ問題」を知りたいなと思った。

ーー隣の女の子が、ほんとにキュッとしててかっこいいよと言い、私のくびれをぽんと触った。

「えっ！」と女の子が驚いた声を上げた。

「えっ、ちょっとまって、ほっそ！ えっ、こんなに細いの？」

ーーちゃうかった。全然象徴じゃなかった。やはりくびれは物理的に細いし、女の子ちょっと引いてる。つらい。

でもまぁ、それぞれの「くびれ問題」自体はきっとあるよな、と思う。女の子が私のくびれに触れたあと自分のお腹を触ってちょっと悲しそうな顔をしているから申し訳ないけど、気づかせてくれてありがとう。

モテる男への道はまだ遠いが、啓示のような問いをくれた彼女にとても感謝した。彼女の「くびれ問題」はなんだろうか。