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非常識な居候 in 沖縄

2013年11月18日 自転車日本一周の旅 63目 沖縄

旅の生活では普段なら控えるであろう行動を平気でとってしまう事がある。

自分を知っている人がいないから、あえて大胆な事が出来る「旅の恥はかき捨て」というのとも違う。
ごく自然に非常識な行動をとってしまうのだ。

これまでの日常生活から離れているせいだと思いたい。

だが、むしろそういう時に現れる行動や態度こそが、日常生活で身に着けたメッキが剥がれた本来の自分なのかもしれない。

私の場合、自転車が壊れて居候をさせてもらっていたKさん宅でも剥き出しの自分をさらしてしまった。

私は家主が作ったクリームシチューと米を我が物顔で食べていた。
前日の夜にKさんが仕込み、まだ食卓にも上っていなかったシチューを、Kさんが仕事に行っている昼間にである。

当時、保育士をしていたKさんはその日、残業で帰りが遅くなった。
その夜、私は再びシチューを一人で食べた。
そして、Kさんが帰宅した夜9時過ぎにはシチューを食べ終え、さらには布団を敷き、部屋の灯りを消して床についているという我が物顔ぶりであった。

そればかりか、私が中学3年生の時に放送していた仮面ライダー555(ファイズ)がいかに深みのある内容だったかをKさんに説いた。
(先日映画が公開されましたね。)

主人公が怪人だったという衝撃の展開から、大事なのは「何者であるか」よりも、「どう生きようとするか」なのだというメッセージを受け取ったと熱弁をふるう。

後日、これらの行為はKさんの友達のフクちゃんという人が企画した飲み会で白日のもとにさらされた。

「コイツ、俺が仕事から帰ってきたら俺の作ったシチュー食べて電気まで消して寝とんねん」と。

その飲み会では私のKさんに対する忠誠心も披露されることとなった。
酒を飲んで楽しくなったのか、なにかと絡んでくるハタチの小娘がKさんに生意気な口をきき、おしぼりまで投げつけてきた。

私はそれを防ぎ、解散時間がやってくると悪態をついてKさんと二人で早々に帰宅した。
その後、何があったのかはわからないがフクちゃんと小娘は結婚し、10年経った今でも幸せそうな姿をSNSで見かける。

私がKさんに返せたものといえば、迫りくるおしぼりを身を挺して防いだくらいの事であったが、居候生活最後の夜にはこんな事も言われた。

「俺はまた誰かと暮らせるかもしれへんという気になった」と。

少し前まで交際していた人とは、同棲してからケンカが絶えず別れてしまったらしい。
相手の人が買ってきた電池がアルカリではなくマンガンだったという些細な事でさえもケンカになってしまっていたのだとか。

「俺は誰かと暮らすのは無理かも」

そう思っていたが、なりゆきで長引いた私という居候との生活は思いのほか問題なかった。

「また誰かと暮らせるかもしれへんと思えた。だからありがとう。」
Kさんは非常識な居候にそう言ってくださった。
まったく、できた方だ。

気が付けば10日間に及んだ居候生活も明日の朝に出発。
沖縄から鹿児島に戻るフェリーに乗る予定である。

せっかく沖縄まで来たのに、Kさんに連れていってもらった場所以外はほとんど観光していない。

ただ沖縄に上陸して自転車を壊し、居候生活のなかでどうにか自転車を直してもらい、引き続き数日間の居候をしただけである。

だが沖縄に思い残すことはなかった。
良き人と過ごす時間ができて、いい思い出ができてよかったというだけであった。

Kさんは一緒に行った砂浜で採取して育て始めたなにかの芽を「シバタと名付けよう」と最後の夜に言った。
たぶん、その植物も10年経った今は消滅していることだろう。

ちなみにKさんも幸せそうな家庭生活の様子をたまにSNSで見かける。

つづく

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