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雪風巻とアイス・ストーム

1月20日大寒を迎え、暦の上でもいよいよ冬の寒さのピークです。
私の住む地域では、雪は珍しくうれしいものですが、冬の間は雪との戦いという地域にお住まいのかたもおられるでしょう。映像で見るだけでも、その大変さは察するに余りあります。

それならば、一年のほぼ全ての期間を雪と氷のうちに暮らすイヌイットの人々は、と気になって調べるうちに、そこには“雪を表すための世界一多くの言葉がある”という、もうひとつの興味深い事実を知りました。

イヌイット文化専門の研究家である宮岡伯人さんによると、イヌイットの「あくまでも『雪』だけを表していると考えられる語幹」は、まず6種が存在します。
『降雪=カニク』『溶かして水にする雪=アニ』『積雪=アプト』『きめ細やかな雪=プカク』『吹雪=ペエヘトク』『切り出した雪塊=アウヴェク』
さらに別の語からの借用や変形によって生まれた「派生語幹」が存在し、「甘く見積もっても16種ないし20種強」の、雪を表す言葉がある、と結論づけられます。
イヌイットの人々は、雪を私たちにはわかり得ない微細な感覚で区別し、それぞれに呼び分けているのです。

世界有数の豪雪地帯である日本でも、『雪』以外に「雪を指す言葉」はありません。けれど、雪にまつわる言葉ならばさすがに豊富です。
たとえば私が最近知った、少し珍しい言葉が
雪風巻』。ゆきしまきと読み、雪を伴った強い風、いわゆる吹雪を指しています。
雪が風に乗って渦巻く様子を想像すると、なんとも神秘的ではありますが、実際は視界が効かなくなるホワイトアウト・低体温症・屋内や車内の閉じ込めによる一酸化炭素中毒・暴風被害などの原因になり、きわめて危険です。
美しいのは言葉だけであり、実際にはあまり出会いたくない現象といえるでしょう。

英語でこれに似た言葉なら『blizzard 』や『ice storm 』があげられ、『ice storm』で私が最初に連想するのは、アン・リー監督の同名映画『アイス・ストーム』です。
1997年作で少し古い作品ではあるのですが、内容はいま観ても全く古びていません。それどころか、作中の人物たちが今この世界のどこかで暮らしていても、少しも不思議ではないとさえ感じます。

映画の設定自体は公開の年よりさらに古く、舞台は1970年代のアメリカ郊外です。それぞれに秘密を抱える隣人同士が、親子ともに抜き差しならない状況に絡め取られ、ついにそのひずみがアイス・ストームの夜に全員を呑み込む、という心理サスペンス的要素を持った作品です。
下手なホラーよりも恐ろしい、人間の欲と衝動が引き起こす葛藤とその先の悲劇を、豪華すぎる顔合わせの名優たちが演じていました。

人の心の奥底まで降りてゆき、その深淵を覗かせる手腕が冴えるアン・リーの作品のなかで、この物語はとりわけ闇の部分に着目した、異色ともいえる一作です。
ストーリーを動かす上でアイス・ストームは決定的な役割を担い、破壊と再生、なお取り戻せぬものを描きながら、映画は終幕を迎えます。

映画の中で描写された一面の雪と氷は荒々しくも美しいものでしたが、現実の世界ではできれば遭遇したくないものです。
今週末から、全国的にお天気が不安定になるとの予報です。どうぞ冬の荒天と寒さにお気をつけて、暖かくご安全にお過ごしくださいますように。

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