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テキストマイニングによる「DtoC」のビジネスモデルを把握する試みーNikeヴェイパーフライのマーケティングトレースを交えてー

こんにちはよしたくです。

この記事では2020年のコロナ禍で話題に上がることの多かったDTCのビジネスモデルについて変遷から現状について把握するためにまとめてみました。

はじめに

―この記事を書こうと思ったきっかけ―

2020年の私は広告代理店でのインターンシップから始まり、スタートアップでDtoC事業と、メーカーのマーケティング支援に携わる経験がありました。

これまで保健体育の教員を目指して教職課程の勉強に励みんでいた私は、この経験を通してDtoCというものと触れ合うことになりました。またこの語句を初めて聞き、メディア等を通じて情報を取得していた時は先進的なスタートアップ企業が実践しているビジネスモデルという印象がありました。

しかし、業務を通じて業界を知るにつれてDtoCのビジネスモデル自体が優位性を持つことはないと考えるようになりました。
というのも、コロナ禍で業界の主要プレイヤーもEコマースやソーシャルネットワークをはじめとするオンライン上で消費者と接点を持つチャネルの確保に本格参入したことで、仲介業者を挟まない―いわゆるDtoCと同じような形態が盛んにみられるようになったためです。

以上のように話題性が高いがそれ自体が特別なものではないDtoCというビジネスモデルについて、文献やメディアの提供する記事を参考に全体像を把握することを目的として記事を書いてみました。

方法はGoogle Scholarで”direct to consumer business model”で期間ごとに関連度順で検索を行い、表示された文献・記事のうち検索上位500件の表題を抽出し、KHコーダーを用いてテキストマイニングを行いました。

結果①
DtoCに関する研究の状況

トレンド

はじめにGoogle Schollarの検索結果で1975年から2020年までに公開された論文の数を時系列に表してみるとこのようになりました。

1990年代後半から増加が見られ、2012年ごろから2019年にかけて文献数が減少している傾向が見られました。

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テキストマイニング

抽出された単語のうち、出現頻度が15件以上でリスト化してみました。

青で塗りつぶした箇所のように、1990年代は1990年代半ば以降のインターネットや携帯電話の普及に伴う情報化とDtoCのビジネスモデルについて検討されているように推察される、"information"、"internet"といった語句がみられるようになりました。

また緑で塗りつぶした箇所のように2000年代以降"perscription"、"drug"、"genetic"、"testing"といった医療、健康に関連する語句が見られるようになりました。

さらにオレンジで塗りつぶした箇所のように、2020年は"circular"、"sustainable"といったようにビジネスモデルの在り方自体に関連する語句が見られました。

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1980年から1990年までの10年間の論文の表題を抽出しテキストマイニングして共起ネットワークにしたものはこのようになりました。
このころは”消費者の行動”や”戦略”、”パフォーマンス”といった項目で研究が行われていることが分かりました。

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1990年から2000年の10年間になると以下の図のようになりました。
このころからサービスのクオリティーや関係性、インターネット、情報といったワードが出てくるようになりました。

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2000年から2010年の10年間になると以下の図のようになりました。
このころから、薬の処方やテクノロジーの受け入れ、Eコマースといったワードがみられるようになりました。さらにAdvertisingといったワードについてもこのころから見られ、広告についても研究が行われている様子が見られます。

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2010年から2020年になるとこのようになりました。
このころから薬の処方に加えて、遺伝子情報や健康サービスといったワードがみられるようになりました。

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さらに2020年単年でみてみると以下のように、サプライチェーンマネジメントや、持続可能なビジネスモデル、イノベーション、テクノロジーといったワードがみられるようになりました。

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結果②
DtoCに関する国内メディアの状況

国内メディアにおけるトレンド

日本経済新聞で"D2C"で検索した際に表示された記事数を時系列に表したグラフは以下のようになっており、2020年からメディアでの露出が増加している様子がうかがえました。

尚、この際"DtoC"、"Direct to consumer"の検索キーワードでも検索を行いましたが、検索結果に表示される記事数が最も多かったのが"D2C"であったため、"D2C"の検索ワードを用いて記事の抽出を行いました。

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テキストマイニング

次に表題をテキストマイニングで抽出してみると、「広がる」や「ヒット」といった語句が多く見られ、流行をほのめかすような記事が散見されました。

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化粧品や健康食品、 広がる スタートアップの「D2C」
美容スタートアップが攻勢
D2C発コスメ「グロッシアー」 店で買い物、会話も売り
食品スタートアップ、顧客に直販 広がる  SNSで認知度向上

まとめ

1990年代のインターネットの登場とテクノロジーの普及により、ビジネスを開始することとその規模を拡大するのに必要なツールが民主化されました。その後20年の間に、Warby Parker、Everlane、Casper、The Honest Companyなどが台頭してきました。この第一世代の「DtoC」企業は外注したサプライチェーン、オンラインのみの小売り、消費者直販、ソーシャルメディアマーケティング、そしてサンセリフ体のフォント、パステルカラーのブランドカラー、様々なデジタルメディアに簡単に適応できる拡張性に優れたロゴを使用した特定のビジュアルブランドアイデンティティによって定義されていました。

DtoCスタートアップ企業の高まりは、ベンチャーキャピタルからの豊富な資金、低い競争性、そして何よりも低価格のソーシャルメディアプラットフォーム上で利用することができるデジタル広告によって実現されてきました。Ben Lehrerによれば、当時は巨大だが中止されていないTAM(総アドレス可能市場)で平凡な製品でも成功するのはそれほど難しくはなかったとされています。

しかし、今日のDtoCビジネスの多くはかつてよりも実行可能性が低くなっているように見えます。Quartzによれば、Casperは個人投資家にとってユニコーン企業であったが、2月のIPOにおけるCasperの評価額は前回の非公開資金調達ラウンドよりも約60万ドル低くなり、数日以内に、Brandlessは運営を停止し、従業員の90%を解雇しました。Glossierは売上高が伸び悩んだ後、そのカラー化粧品での事業を取りやめ、Outdoor VoicesのTyler HaneyCEOは年間売上高4000万ドルで200万ドルの資金燃焼率が報告されている中で辞任を余儀なくされました。

10年前と比べてもほとんど変わりがないが、まずいくつかの傑出したブランドが早期に成功を収めたことで、競合他社が殺到しました。これは任意の裁定取引を排除し、顧客獲得数を困難にしてソーシャルメディア広告の価格を押し上げてきました。Gary Vaynerchuk によればDtoCブランドの98%が廃業しているが、彼らはまだそれに気づいていないだけであるといわれています。また、多くのDtoC企業は適切な価格で顧客を獲得し続けるための経済の基礎的条件を有しておらず、資金はいずれ枯渇するともいわれています。

今や老舗の企業において、インスタグラム広告やインフルエンサーキャンペーンは、ブランドのメインターゲットとなる顧客を数十万人以上にスケールすることが困難であることが認識され始めました。DtoCの創業者たちはAmazonで商品を販売するかどうか、いつ、どのタイミングで販売するかで悩むようになり、消費者向けのブランドは日に日に従来のブランドに類似してきています。さらに状況を複雑化しているのはP&Gをはじめとするレガシーな消費者向けのブランドがDtoCのビジネスモデルに追いつき、DtoCラインを販売していることにもあります。

他方でDtoC企業が増加しただけでなく、業績を評価する際の10年分の業界データを投資家が手に入れることができるようになったことにより、投資家の判断も洗練されてきています。そしてこの分野に対して多額に行われた投資は収益性よりも収益の成長を優先していたことを仮定すると、現在の市場環境はこれに反している様相がうかがえます。

実際にCasperの2020年2月のIPOの不振とEdgewellによるHarry'sの買収を阻止するための連邦取引委員会の介入など、ある種DtoCビジネスモデルの評価が下方に修正される状況を見ることができています。これについてBen Lererによれば、DtoCは10年前の洞察でありいまだ革新的だという考えが残っているが今はそうではないといわれています。

このような状況から結果にあるように、専門家の間ではビジネスモデルを再考する必要性に迫る語句が2020年において見られました。

一方で国内のDtoCに関する評価は国外の評価と比較するとやや大きいように思われます。
結果にあるように、世界全体で見れば公開される論文の件数が減少し、そのトレンドは衰退している様子が見られています。しかしながら国内では日経新聞においてコロナ禍で業界の主要プレイヤーが従来の販売チャネルからデジタルへシフトすることを余儀なくされた今日に於いてようやく記事の件数が増加している様子が見られました。

また、国内のDtoCのビジネスモデルに関する記事の中で持続可能なビジネスモデルを再考する必要性に迫る記事は少ないようでした。テクノロジーの普及による参入障壁が減少することで、業界の競争が激化することをリスクと捉えている風潮がまだ浸透していないことが考えられます。

今後について

物事の変化を考慮すると過去の成功事例は将来的にはほぼ確実に成功するとは言えません。今後の方針としては経営の基本に立ち返ることと、過去10年の教訓を取り入れるために既存のDtoC各社の経験や英知に基づく定石を記した戦略集を上回ることの両方が必要とされています。Schlesingerの提唱するDtoCの経営者が行うことを推奨している具体的なシフトには、以下の内容が含まれていました。

1.オムニチャネルに備える
2.コミュニティを通じて差別化を図る
3.垂直統合によるマージンの拡大
4.音声革命に備える

また、この中で「コミュニティを通じて差別化を図る」という項目については、私の卒業研究でNikeの開発したヴェイパーフライについて(この研究は運動生理学やバイオメカニクスの観点から行ったものであるが)扱った経験があるため、そこで考えたことについても記述しようと思います。

1.オムニチャネルに備える

DtoCの流通が成長のボトルネックになっているため、企業とユーザーの接点であるチャネルをECサイトなどのwebサイトだけでなく、メールやスマホアプリといったそのほかのオンラインの接点、さらには店舗などオフラインの接点も含めて様々なチャネルを連携し一貫した顧客体験を提供し、ユーザーにアプローチする販売戦略が必須であるとされています。

Bulletin、Story、Neighborhood Goodsはすべて同じテーマの企業価値であり、長期のリース契約や高価な建設物を必要とせずにDtoCのコンセプトを企画して集約しています。

ビル・マンションオーナーから物件を一括して借り上げし、テナントの募集からビルの管理運営までのすべてを事業者に任せるシステムを活用した小売りの新たな形姿がどの程度の実行可能性や拡張性があるかは不明ではありますが、少なくともオフラインでの展開を行っているDtoCの多くは物理的な場所でブランドと交流した顧客の方がオンラインの顧客よりも商品の返品率が低く、リピート購入率が高いことが報告されています。ブランドの配荷戦略に直営店、全国規模の小売りネットワーク、Amazon、またはそれらの組み合わせを含めるべきかどうかはそのブランドのコミュニティの強さ、ストーリーテリングに必要なコントロールのレベル、そして到達しようとしている規模によって異なります。

2.コミュニティを通じて差別化を図る

DtoCブランドの特徴的な利点は消費者と1対1の関係を持ちながら従来の小売店では得られなかった貴重なデータが取得できることにあります。これはPattern Brandsが”direct with”と呼んでいるようにコミュニティのメンバーがブランドと協力して新製品やサービスを共同開発するという双方向の関係性のようにもとれます。

2’.Nikeのマーケティングトレース

ここで上述の通りNikeの製品開発がコミュニティを形成した事例を交えることで、コミュニティの差別化は企業にとって重要な課題であることが裏付けられ、またその模範的な事例を一つ参照することが出来ました。

事例を検討するうえで同じ事業ドメインに属するアシックス社の事例を踏まえて違いを検討すると以下の違いが見られました。

<アシックス社の開発プロセス>
消費者ニーズ → 要求される機能を最大化する研究

<Nike社の開発プロセス>
消費者が使用する目的 → 研究の着地点を定量化し、多角的な観点から考察して要求機能を検討する段階から行われた研究

それぞれ見ていければと思います。

アシックス社の製品開発

2016年に行われたリオ・デ・ジャネイロオリンピック(以下、リオオリンピック)で日本人アスリートによって使用されたアシックス社のマラソンシューズには新しい設計技術が導入されていました。それらをシューズの要求機能から分類すると主に「耐久性」、「グリップ性」、「フィット性」の観点で開発が行われていることが分かりました。原野によれば、シューズの構造は大きく分けるとアッパーとソールに分類され、さらにソールはミッドソールとアウターソールに分類され、アウターソールの特に踵部には耐久性を考慮してラバーが採用されています。

また、大学生や社会人などの走速度が速いトップクラスのランナーは、パフォーマンスの向上を重視した軽量でシンプルな構造のマラソンシューズが適しているとされていました。実際にアシックス社の開発したリオオリンピックモデルはアッパー、ソールともに新しい設計技術が導入されていることが分かりました。

Nikeの製品開発

前提として、Nikeはスポーツ用品を(特にシューズを中心として)主力事業として展開しています。Hussain et alが実施した研究では、同じ市場で事業を展開するアディダス社と経営戦略を比較していました。その一説にNikeの戦略として研究開発への注力が挙げられていました。実際にNikeがヴェイパーフライを開発する際に行われたHoogkamer et alの研究と同時期にアシックスによって作られたマラソンシューズを比較するとその違いが明確なものとなりました。

VFはNike, Inc.とNational geographicによるマラソン2時間の壁を破る挑戦を記録する試み(Breaking 2)の際に2016年から開発された製品です。

Breaking 2では、VFを履くだけでなく、レースに最適な場所を選定し、アスリートへの空気抵抗を減らすためにペーサーを採用するなど特別なレース戦略が計画されていました。

これらのレース戦略は、当時の世界記録であるデニス・キメット選手が記録した2時間2分39秒をもとに、Hoogkamer et alが2時間未満のマラソンを達成するために、バイオメカニクス的な検討によって得られた知見をどのように利用して達成するかを定量的に示した上でたてられた計画です。

Hoogkamer et al によれば、デニス・キメット選手が記録したマラソン世界記録から2時間以内のマラソンを達成するためには走行速度で2.5%速く走る必要があるとされていました。そこで必要とされる走行速度を改善するにあたり、どれくらいのランニングエコノミーを改善する必要があるのかを考察したうえでシューズの要求機能として、軽量性、クッション性能、ソールの剛性の観点から開発が行われていることが分かりました。

開発されたシューズは実際に選手に対して大きな利点をもたらしました。

日本では大迫傑選手と設楽悠太選手によって2018年以来3度の日本新記録更新が行われ、世界でも2018年には男子マラソンで2時間1分39秒に世界記録を短縮し、参考記録ではあるが1時間59分40秒で走ったエリウド・キプチョゲ選手によって、2時間の壁が突破されています。

このように2時間を切るという明確な目的に基づいて開発されたシューズは多くのトップアスリートから選ばれました。トップアスリートの使用が消費者のブランドアイデンティフィケーションを構築し、購買意向を高めることが報告されています。

また、National Geographicと共同で行われたBreaking2は、2時間以内のマラソンは不可能だといわれていることに対して挑戦するような(いわゆるアンダードッグの)ストーリーテリングによって、プロモーションが行われています。このようなアンダードッグのストーリーテリングについて、Ballesterによるストーリーテリングそのものの特性を条件において研究を行い、消費者の注意をひくために効果的であるとしています。

以上のように、Nikeはスポーツに関連する事業において重要とされるトップアスリートで構築されたコミュニティを、卓越した研究開発によって強固な結びつきにし、それを用いてマーケティングが行われていることが分かりました。まとめると研究開発への注力が循環的な構造をもってブランドを構築し、消費者の獲得とロイヤル化に優位に働きかけていることが考えられました。

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このようなマーケティングを実践した結果として、Nikeのマーケットシェアは増加していることが散見されます。国内においては2016年時点では16%程度であったシェアが2021年時点では96%となりました。さらにこのようなシェアの拡大はトップアスリートのみならずいわゆる市民ランナーのような消費者層においても見られました。The New York TimesにおいてHarrisらはフィットネスアプリのStravaに記録されているデータを用いて研究を行い、3時間以内でマラソンを走ったランナーのうち、40%以上が着用していることが報告しています。

このようにコミュニティは今後も既存のブランドとの強力な差別化要因であることに変わりはありませんが、現代のブランドにとっての課題はDtoCを超えていく中で、この親密さをうまくスケールアップさせていくことが必要になります。

3.垂直統合によるマージンの拡大

外注したサプライチェーンは立ち上げ時には有効かもしれないが長期的には有効ではありません。成熟したブランドが同じデジタルインプレッションを獲得するために残りの新興企業と競争すると、かつてのDtoCの競争上の優位性であった経済の基礎条件が消失してしまいます。また、初期のDtoCが中間業者を排除することで維持していたマージンは最終的には高価な個別化された流通によって失われます。顧客獲得コストは全体的に上昇しているため、ブランドはマージンを維持し、シリーズBを超えて生き残るためには垂直統合を計画しなければなりません。

4.音声革命に備える

今後10年間で、音声によるインターフェースは30年前のインターネットと同じように商取引の形を変えていくことになるといわれています。既存のサプライチェーン、マーケティング戦略、ブランド設計は現在ウェブと対話しているスクリーンベースの方法に最適化されています。次のプラットフォームシフトを先取りして考慮していない企業は必然的に後れを取ることになるといわれていました。

終わりに

以上のように、DtoCは一握りの初期参入企業の企業価値を成長させたがこの言葉の意味は日に日に薄れているようです。また、このモデルがもはや持続可能なものではないことについても示唆されています。今日においては、ビジネスの基本的な方法とDtoCモデルが業界を恒久的に再構築してきた永続的な方法の両方を理解する必要があり、スケールさせる難易度が高いことが分かりました。

この記事は以上となりますが、私はNN的な思考が強い一方で思考を可及的多数に伝えるすべに乏しいため、noteなどを通じて思考を整理する活動はこれからも少しずつ実践していこうと思います。


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